夜明けの星を待ってる

始発電車まばらな幸せ:マイブームはキュウレン・あんスタ

バックとバッタとブレとフリーとラブホの上野さん

(今日は俳優の話ですが、本当は先にこれを更新するつもりが廣瀬ショックで変更に。とても読みづらいと思うけれど、こういう文章は書きやすい。

今日どうでもいいがジワジワと落ち込んで来ており、会社で「元気なくない?」と言われた。正解である)

おっさんがスマートフォンを操作するために突っ張ったハンガーみたいな腕に挟まれて日々思う。

実のところ私はイケメンだらけのサロンの給仕になのではないだろうか。

主催するマダムの家はもちろん絵に描いたように幸せで、家族皆仲良くて、もうなんていうの? 仕える身としては本当に誇り高いです。

イメージはやはり、マダムと言えばドリボのマダム。あんな感じの幸せ版である。

そんなマダムが今、夢中になっているもの、それは『男水!』に違いありません。そうに決まっている。

『男水!』に関してはもうググってくださいが一番いい説明だと思う。

マダムも例外なく『東京暇人』、『PON!』からの流れで『男水!』を見た。はずだ。

マダムは常々こう仰せられていた。子曰く、「わざわざ2.5 2.5と喧伝する必要なくない?」だ。

キャッチーなのもわかるが「2.5次元若手俳優」というのをウリした宣伝方法はマダム的に複雑な心境を呼び覚ましていたご様子であった。

子曰く、「お前らが知らないだけで別に昨日今日人気が出てきた俳優なわけではないだろう」とのことだ。

さらにこうも言っていた。子曰く、「別に2.5だけ出ているわけではない」である。

一般に知られていないというのも事実、一般に知られ評価されるきっかけになるのも事実である。

だが、その「地上波で流れるドラマに出てこそ芸能人」みたいな暗黙の了解みたいなものは腹立たしい。上から目線感。私が卑屈なだけなのだろうか。

違った、マダムが。今回はそういう設定である。

まあ概ね、私もマダムも今回のドラマについては賛成大多数で可決である。死ぬほど楽しみにしていたし死ぬほど評価してほしいと思っていた。いや、思っている。

一話非常に良かった。

舞台ナイズされた3D……いや、必死で香水を嗅ぎ取ろうとしている友人を見れば4DXである彼らのお芝居が、とてもナチュラルなドラマのお芝居であったことに感動した。マダムも感動していた。

子曰く、「影青の章と青春ディスカバリーフィルムとスタコンくらいしか舞台俳優の映像の仕事を見ていなかったが、こんなに映像に順応できるものなのか」である。SSLに挫折したことは都合よく忘れている。

ドラマにしてくれてよかった。日テレでやってくれてよかった。ついた予算がすでに違う……ありがとう日テレ……とボソボソ喋りながら見た。オープニングのダサさすら愛おしい。

そして清々しいほどに2.5アンチの友人が観てくれた点もポイント高い。キャラクターに寄せようとしてなければ全然観れると言われたけれども、なんなら思いっきり2.5であるし、ちょっと何言ってるのかわからなかったのでそのあたりはスルーした。

なんだか感慨深い。すごいなと単純に思う自分もいる。日テレの深夜と言えば今をときめくアイドルユニットやイケメン事務所やハピネスな事務所が独自の世界観でドラマを放送していたというイメージが強い。マダムも死ぬほど『BAD BOYS J』や『近キョリ恋愛〜Season Zero〜』、『49』に『お兄ちゃんガチャ』を見た世代である。

子曰く、「とにかく『お兄ちゃんガチャ』はバク萌えである」

私は、晴美ちゃんが一番好きである。割と好きなキャラがおネェである。

しかしこれでRyo Matsudaのなんらかの賞への道が拓けたのだろうか。子曰く、「報知映画賞間違いなしだ。ブルーリボン賞に、日本アカデミー賞だ」である。演劇で取るとしたらエミー賞だろうか。

そしてこの記事は良い記事であると思う。日テレ上層部についての記述とそれをひっくり返したあたりに少年漫画のような胸の熱さを覚える。

日テレ内を口説いた、2.5次元イケメンドラマ『男水!』 - プロデューサー2名が語る、企画の裏側 | エンタメ | マイナビニュース

http://s.news.mynavi.jp/articles/2017/01/20/dansui/index.html

マダムは大変喜ばしいと仰っている。子曰く、「評価されることは良いことだ」

ところで私の推しもドラマに出る。

ラブホの上野さん - フジテレビ http://www.fujitv.co.jp/uenosan/index.html

10話に出る。今から劇中では女連れかと思うと気が狂いそうである。ぜひご覧ください。

幸福な職場(関係ない)

幸福な職場の幕が上がる。

チケットは持っているが。取った時から不安であった。

「これ、仕事に死ぬほど行きたくない人間が見て、あまりの就労へのピュアな気持ちに死にたくなったりしないの?」

という、一点においてである。

仕事、しんどい。

自慢ではないが、恐らく向いていない。

働く肉体的な疲労もさることながら、心労が凄まじい。

私はぺーぺーだ。出来ることより出来ないことの方が大きく、たとえ出来たとしても不完全で「出来ない」のと同じ結果になることも多い。

褒められることもない。なぜなら出来ることが当たり前の最低ラインのことしか出来ないからだ。

捌ける量も少ない。私が無能だからなのか、私がまだ若手だからなのかがわからない。

それをチクチクと言われる。頑張っているはずである。だが頑張っているように見えないのであれば頑張っていないのと同じである。

頭の隅で大学生の私が「ワークライフバランス」だの「やりがいの搾取」だのと囁いている。

友人には「心が病む前に見切りをつけないと次がない」と言われた。

「じゃあ私は病んでいるのだろうか」が問題であるとして、病んでいる基準は何になるのだろう。

食事の量? 全然食べている。食べないと保たない。

体調をよく崩す? 熱が出るまで休めないのに、わからない。でもよく貧血で倒れるようになった。食べてるのに貧血で倒れる。矛盾である。だが太った。一人暮らしから実家に戻る過程を経て8キロくらい太った。ものすごく緩かった服が少し緩いくらいになった。まだギリギリ痩せている。

わからないことが多すぎて、「(実年齢) 会社 しんどい」で検索したら、出るわ出るわ、会社辞めたい同年代の相談。

読む気などすっかり無くした。自分の悩みが自分だけでないことがこんなに辛いとは思わなかった。

前にさえりさんの書いた記事で同じようなことを読んだ。なぜブクマしてなかったんだと本気で悔やんだ。

結局この年頃の人間が、この年頃の女が考えることなんて同じなのだと思った。

特別なことなんて何にも無かったんだと思った。自分でスポンサーまで見つけてエベレストを踏破した女子大生の話をテレビで見て、あまりの劣等感に録画したイケメンを見て心を落ち着かせた。「落ち着きなさい。あんたがわずかばかり働いて得た対価のうち何割かは彼らに流れて彼らが生活していくためのお金になっているのよ」といった具合にである。

その話を指導員にして笑われた。泣きそうになったが泣かなかった。今もそこそこ泣きそうである。

大学時代、先輩が仕事を辞めて海外で暮らして、戻ってきてまた就職するみたいな予定だと聞いた。

「すげえな」と思った。概ねその感想に変わりはない。私には国外まで行く勇気が無いだけ。似たようなことは考えている。突然『K』の世界観に日本が飲まれないかな、とか。

そんなわけで、「仕事をすること」に意味を見いだし、そして素敵な出会いがそれを彩って行くのであろう今回の舞台に、すでに劣等感が半端でないばかりか勝手に苛まれている。もう半券見るのですらしんどい。Twitterを開けば男水の宣伝かのように幸福な職場が流れていく。

推しはグアムにいるというのに無情にも月日は流れていく。私は会社のいつものフロアにいる。このまま「あの頃は私も若かったよ(笑)」と焼酎片手に語るようになるのか、それとも社会不適合者になるのか、戦々恐々としているが、会社のPCで『暁の独眼竜』の動画を見て一時停止を繰り返している。今のところただの屑である。

そしてまた一人、チャーチから人が去る。

本当に去るのかどうかはわからない。去るにしても去り方って物があるだろう。

なんなんだ、メサイアは失われて初めてメサイアとなるとでもいうのか。

彼も仕事が嫌だったのだろうか、と考えてしまう。私と同じように? まあそう、私と同じようにだ。

舞台の上が、彼にとって幸福でなかったらとても辛い。

でも思う。

仕事が嫌だったのではなくて、今まで仕事をしてきて、人気がついて実力がついて、そうして初めてやっと自分の意見が言えたのなら、良いかなと思わないでもない。

実力の伴わない発言は軽い。私の悩みが軽いように。

別に引退というわけではない。また出てくれることもあるのかもしれない。

卒業だ。チャーチには卒業というシステムがある。それが正規のシステムだ。お願いだから卒業して欲しい。もちろん、二人で。

間宮のような扱いも勘弁だ。

一周忌も終えて時代は加々美だと言うのに、未だその事実を全く受け入れていない。

失うだけの白崎がまた、失うのだけは耐えられない。

彼の夢を応援とか、そういうところまで行けない。

彼自身のことを考えるより、まず白崎のことを考えてしんどくなっている。自分で書いておきながら、「失うだけの白崎」という文言がトドメをさしている。なんて幸福でない職業についているんだ彼は。彼が何をしたと言うのだ。

二月、チャーチで、もう悠里がいない世界だったら恐ろしい。

宇宙人と舞浜と私

 

・スターピープルズ
観ました。面白かった。
真っ直ぐなストーリー、真っ直ぐなメッセージ性、熱いというか若いというか、そういうところも彼らしかったのかな、と思う。
 
私、予定調和大好きで。大どんでん返しが嫌いか、と訊かれるとまた違うんだけれども。
 
「こうあってほしい」という願望が叶えられるカタルシスというか、ハリウッドのご都合主義大団円(家庭崩壊していた主人公が英雄になると共に、家庭が円満になる)とかすごく好きだから、たとえみんなの考え方が綺麗事(そう感じてる自分もいるのは事実)でも、信じられた。
というか、綺麗なことを真っ直ぐに描けるところが好きだなと思った。
彼も結構こじらせていると思うが、その真っ直ぐな感じが良いところだと思う。
 
あと、可愛かった。
大学の専攻がひねくれた学問だったせいか、割とひねている自覚もあるけれど、
(予定調和はルールのように感じるのでフラストレーションが少ないのかもしれない)
キャラクターがみんな可愛らしくて、癒された。ライトが好きだ。そしてスターとライトの関係が好きだ。理由は、まあ、みなまで言うまいという感じだ。
 
愛情で成り立つ作品なのかな。
池田さんの演劇や物語への愛情。彼のファンが彼の物語に対して持つ愛情。役者間・スタッフ間の愛情。
愛情を感じながら観ると、なんだかとても、温かい気持ちになる。そんな舞台だった。
 
・Enter the New World
入野さんライブツアー2017千葉公演に行った。
彼は、エンターテイナーだ。キラミューンのファンクラブに入っているのにも関わらず、他のメンバーのライブには行かないから比べようがないというところもある。
だが、今までライブに行ったアーティストやアイドルと張り合うステージだった。
歌、ギター、ダンス、雑なトーク……。全部楽しかった。
 
歌はもちろん上手い。ミュージカル発声じゃなくてポップスの歌い方でも。
テレビで歌う機会があったから、ご存知の方もいるかも知れない。彼は先輩に「バラードが良い」と褒められたそうだ。私もそう思う。バラードやミディアムなポップの、どこまでも伸びる歌声は聴いていて心地いい。
「Bing Bing Knight」の「きっと(歌ってる)……君だよ(囁く)」が最高。
 
ギターを弾きながらロックやバラードを歌う彼はカッコ良い。
初披露だったアストロホールを思い出す。今や一本で弾き語れるまでになったのだ。感慨深い。
弾き語り、というところでは「朝焼け」がすごく良かった。この曲大好き。カバー元も大好き。
セトリ序盤はロックが中心でエレキかき鳴らしながら歌っていたが、あまりに久しぶりのノリで懐かしくて懐かしくて。どうやってノったら良いのか思い出したら心底楽しかった。
 
ダンスしながら歌っても息切れ知らずだった。
本人の口から説明もあったが、ダンスメドレーをこれまでの振りから一新して、大変だったのではないかなと思う。
アンフィは円形ステージでとても広いから、それを余すことなく使っていたと思う。
例えば、バンドメンバーが前に出てきたりとかもそう。「BANANA〜」とかみんなで踊れてとても楽しかった。
 
トークが相変わらず雑で(笑)
もともととても塩な人だから相変わらずなんだけれど、でもなんだろう、やっぱり自分のファンしかいないからなのかな、キラフェスとかよりさらに雑で(笑)
自然体な感じが、彼らしいのかなと思う。
 
演出として、ライティングが凝ってたと思う。
他のキラミューンメンバーを知らないが、背後にバンドメンバーを従えている程度のセットで、ライトやスモークで魅せる演出だった。
レーザーはない。キラミューンにおいてレーザーは柿原氏の専売特許ってことのようだ。
途中、バックで上からツアーロゴが下りてくるが、とてもビッグバンドビートで、海外感が強く、泣きそうになった。
 
そんなわけで、要所要所で泣き、声をあげ、腕を振り、踊り……熱いライブだった。
思えば最初に好きになった人だ。最初に応援したいと思った人だ。また泣きそうだ。
 
「すぐ帰ってくる」そうだ。
ファンのために急がなくていい。と私は思う。
寂しいけれど、彼が満足して帰ってこれるのが一番大事なことだから、帰ってきたらまたライブをして、話を直接聞かせてくれたらいいなと思う。
 

2016年総括

年末感がない。

もっと言うと、クリスマスを過ごした覚えもない。

仕事も納まらず、クリスマスプレゼントもなく、ただ親戚に配るお年玉用のお金を下ろし、体調を崩し、ちょっとした連休明け普通に仕事が待っている。
前回のとてもじゃないが読む気力の湧かないブログを、敬語で書かなかったら筆が大層進んだので、以後この調子で行く。
あれだけ怖かった会社も、行ったら引くほど忙しく、他の人とあまり顔をあわせる時間もなく、結果何を言われるでもなく過ぎて行った。

そんなわけで、今年も終わる。
最初から最後までノンストップ社会人だった。長期の休みも取らず、大して役に立ちもしないのに会社に居た。長く休むと会社に行けなくなるからだ。
そんな私にとって、昨年から覚えた舞台という新たな趣味が生き甲斐だった。
週末に舞台があるから平日を生き延びた。たまに平日の舞台を、わざわざ有給休暇を取って観に行くのが楽しかった。
帰宅したらBlu-rayが届いていると思うから頑張って帰った。
ありがとう舞台。命の恩人。
ありがとう、推し。推しの良き臣下(不気味)でありたい一年だった。
こんな調子で来年の目標に掲げた「節制」を果たすことができるのか、甚だ疑問だ。

ところで、このブログの「マッキー」って誰ですか?

忘年もほどほどに来年が来て、来年が来ると私の最初の王子様の海外留学が控えている。寂しさのあまりさめざめと泣いた。

春になれば推しの主演舞台もある。
来年このまま、この調子で社会人していけるのかどうかは、今はちょっとわからない。

でもまあなんていうか、ちゃんと一年経った。
明けない夜はないを体現するような一年だった。
来年は、もう少し頑張れるのだろうか。そこが、少し不安だ。

また来年、よろしくお願いします。

万年無気力培養床

なんだかよくわからないけど、会社に行けなかった。

 
その日はなんか、具合が良くなかった。
その日は、というか、前日からおかしかった。
荷物は確かに、普通のOLよりは重いと思う。それにしてもおばあちゃんに追い抜かれた。
いつもならついていける先輩の速度に置いて行かれた。
関節がうまく動かなかった。
ずっと目眩がしてた。
電車で酔った。
でもご飯も食べれていたし、寝たら治ると思ったから、次の日も起きて会社に行った。
飲み会が予定されてた。ちゃんと行った。
ちょっと具合が悪いと思ったくらいでバックれて、幹事や先輩に悪し様に酒の肴にされると思うと、怖くて仕方がなかったから、行った。
私は飲み会が苦手で、それはまずお酒や煙草が苦手だってことに起因するものだと思っている。
お酒は一滴も飲まなかった。食事も、あまり食べれ無かった。飲み会で、食事を摂るのって、どうしてあんなに難しいのかわからない。
煙草は私の意思とは関係ないけど、副流煙に気を使ってくれる人ばかりだと思う。
私は会社の人が嫌いじゃないし、こんなに役に立たないのに良くしてくれてむしろ好きだ。煙草くらい、我慢できなくてどうする。
お酒が回って機嫌が良くなったおじ様方が、私をいじる。食事は進まない。お茶はせめて、コップ二杯は飲もうと思って、追加してもらった。
 
飲み会が苦手なのは、夜遅くなることも含めてだ。
このままだと日付が変わっちゃうんじゃないかなと思った。帰ると言えなかった。
案の定、本当ならもう寝ていたい時間にお開きになった。帰り着くのは日付が変わった後だろうと思われた。
腹痛が酷かった。せっかく座れた、最終間近で混雑する電車を降りて休憩したりした。
休めないと思った。次の日休んで、方々に迷惑かけるのが怖かった。
反面、もうどんなに頑張っても、朝定時に出社するのは難しいと判断してる自分がいた。
だんだん、その諦めてる自分が思考のほとんどを占めて行った。私はたくさん眠らないと動けない人間で、もうその時点でその晩はほとんど眠れないようなものだと思っていたから、もうなんか面倒臭くなって、早く家に帰らないといけないという一心だった。
 
電車が、なんだか理由はよくわからないけど、止まって。全然動かなくなった。
家に着くのは、何時になるだろうと考えた。
乗り合わせた乗客は、誰も怒らなかった。辟易していたのだろうと思うけれど、みんな疲れが身体中から滲み出ていた。
ただ、私の目の前に座っていた、明らかに酒に酔ったサラリーマンが「気分が悪い」と言い出したのには参った。
私の方に体を曲げて、まるで今にも戻しそうなものだから、本当に嫌だった。
 
腹痛が酷くて、でもここでこの電車を諦めたら、もうどうやって帰ればいいかわからないから、耐えた。
せめてあともう少し。二駅、いや一駅だけでも。そう考えてるうちに、いつの間にか最寄駅に着いた。タクシーに乗った。
シャワーだけでも浴びて、楽な体勢を探って体を捩っている間に少し眠ってまた少し目が覚めて眠って、早起きな父の生活音で目が覚めた。
父が何か喋っている。母も起きたのだろうと思った。いつもなら気にならない父の声が私の上長の声と重なって、責めているみたいに聞こえた。こんなところでなにしてる、仕事をしろ。
 
気づいたら、夜がすっかり明けていて、始業時間寸前だった。私は電話をしようと、持って帰ってきていたパソコンを取り出した。体を起こすと、腹から鈍痛がした。もう、本当にお腹が痛いのか、痛いという妄想なのか、わからなかった。パソコンで、誰が会社にいるかを確認することは辛うじて出来た。
でも液晶画面を長時間見ていることができなくて、誰に電話すべきかを判断できなかった。
一番話しやすい人を選んで、その人に電話をした。
せめて半休が欲しい、でももう行きたくない。と子供のように駄々をこねた。その人は方々に話をつけてくれて、寝てなさいと言ってくれた。
痛かったのだと思うのだけど、満足に眠っていない頭ではもうそれもわからなくて、その電話の後気絶するように眠りに落ちた。
 
そのままずっと、昼時を過ぎるくらいまで眠って。ふと喉が渇いたので起き上がった。白湯を飲んで、フォローしてくれている同期に連絡をし、先輩に謝罪の電話をした。
少し食事まがいのものを胃に入れて、またこんこんと眠った。目を開けていたのは一時間だった。
 
そのあと、夕方に一度目が覚めた。私は枕元に文庫本を積む癖があって、一番上の、最後のところを少し残してあった小説を読んで、ツイッターに面白かった旨報告して、また眠った。
 
夜目が覚めて、食事をきちんと摂った。腹痛がまた始まる。今度は、まともに食べてなかった胃腸が急な食事に驚く所為だから、あったかくして、耐えるしかない。
 
怖いのは、こんなよくわからない理由で欠勤した会社に、また行かなければいけないということだ。
熱は、多分なかった、咳もない。鼻水もないし、目に見える不調はきっとほとんどない。
あれだけ気持ち悪くて見れなかった液晶に、今これだけの文章を書き込むことだってできる。
肌荒れとニキビと口内炎が酷かったが、それに気づいてくれたのは家族だけだ。それでも風邪予防のついでに、顔を隠せるマスクをしていたのは、さすがに会社の人だって気づいてくれてるだろうか。
私は、会社をサボったのだろうか。行きたくなかったから、行かなかったのだろうか。それとも、行けなかったのだろうか。
体調が悪かったのだろうか。本当に?
嘘をついていたわけではなくて?
怖いな、と思う。それだけ。
お腹が痛い。
 
 

海外留学

休むのは何も、これが初めてじゃないというのはわかっています。

これまでも「あれ?なんか仕事してないな」と思ったら海外を旅したりしてましたもの。

言われると寂しいのは、宣言したということは、きっとこれまでより長く行ってしまうからだろう、と思うからなのかな。

若くから活躍されて、才能に溢れていて、だからこそ30歳を前に留学を決めたのだろうと思います。
ずっと行ってみたいと、言ってましたものね。
きっともっとかっこよくて素晴らしい役者になって、戻って来てくれるんだろうと思います。

自由くんには、彼が望む舞台で、彼が思うように芝居して欲しいと思っています。
そのためには評価も努力も技術も経験も何でもかんでも必要で、そのなかのどれかを培うために留学するのだろうと思います。

自由くんは素晴らしい役者で、そしてもっともっと高いところへ行ける人です。
いつか歴史ある劇場で、カーテンコールの真ん中でお辞儀をする自由くんが、一番大きな拍手を受け止める自由くんが観れるのだと、信じています。

こんなにDDで、あんなにまっきーさんに粘着してるのに、いつか来ると思っていたことなのに、本当に馬鹿だとは思うのですが、
寂しくて寂しくて仕方ないです。

拠点が移ったらどうしようとか、なんか引退したらどうしようとか、
そもそも海外でなんかあったらどうしようとか、海外行ってる間にブログもインスタも閉鎖されたらどうしようとか、
独立騒動で炎上して干されたらどうしようとか、
結婚して帰ってきてしまったら心から祝福できるのかとか、
何があっても私はファンでいられるのかとか、
活動が止まってる間どうやって応援するんだろうとか、
そもそもDDで最近のお仕事をちゃんと追えているとも言えないのにこんな風に思うなんて烏滸がましいとか、
なんだか、必要もないのにウダウダと考えてます。

ずっと好きでいたいと最初に思った人でした。
ずっと好きでいたいとこれからも思います。

だからちゃんと、どうか、帰ってきて下さい……。
成長の成果とかそんなの求めないから、どうか、どうか……。
どうか、無事で、怪我も病気もなく、楽しかったと、素晴らしかったと、ファンの前で話せるような留学になればいいと、思いました……。

(週末にはトキイベがあるので、ハイテンションなブログを書きたいです)

最近について

本当にとりとめの無い日記です。

 

ゴッホゴーギャン
今年は、ゴッホについての舞台が、たくさんあったような気がします。
私が見たのは「ミュージカル ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ」で、入野自由さんがテオを演じる作品でした。
昨年から2.5次元にハマったことで、歌への評価が恐ろしくザルになっていたのですが、
入野さんの歌は素晴らし過ぎて、一曲目で目をかっぴらいて息を飲みました。
ゴッホゴーギャン展」に行こうと思いました。あと将来双子の馬か猫を飼う事があったら「ヴィンス」と「テオ」と名づけようと思いました。

不勉強なもので、絵画の価値についてはよくわからないのですが、展示されている作品の中で、私はアーモンドの花が好きでした。
手折られた枝の一本を描いたものでしたが、ヴィンセントが甥のために描いたモチーフと同じだと思うと、
入野さんの歌声が思い出されて泣きそうになりました。テオに、入野さんが演じるテオに、息子が居たのだと思うともうそれもとても辛いのです。
昨年「ミュージカル タイタニック」で、入野さんは一等客室のゲストを演じておられましたが、彼はまだ幼い息子にキスをして、
そして救命ボートに乗り込む妻と息子を見送りました。テオもまた、息子にキスをして、舞台の上を去って行きました。
幼い息子を残して逝くしか舞台の上に居られないのかと、ハリウッドのような大団円大好きの私は考えてしまうようです。

ゴーギャンもまた、ミュージカルでは友情は破たんし、終わってしまったかのような印象を得ましたが、
そうではなかったのだと、今回の展覧会が教えてくれました。
最後に展示されていた「肘掛け椅子のひまわり」、今回の展覧会でメインで使用されていたゴッホの描いたゴーギャンの肘掛け椅子を見た後に、
ゴッホが腹を撃ち抜いた後の時代に、こういうものを描いて(展示して)いるなんて、ゴーギャンのなかにもちゃんとゴッホの存在が残っていたのだと、
まるでゴッホの身内のような気持ちで眺めてしまいました。一方通行で無かったのなら、なによりです。

女は男性が二人いたら夢を見る。今回の場合は永久に続く友情と、兄弟の絆ですね。

 

・K -Lost Small World-
ブルーレイ買いました。最高。
一番最初に見た2.5次元は初演のDVDでした。もともと白銀のクランが大好きな私が、白銀主従きっかけでDVDを見て、気づいたらこんな感じになっております。
仁希のビジュアルが本当に好きだと言う話は置いておいて、とにかくロスモワが私の心に刺さるという話と、美咲と猿比古に対する独自解釈の話をします。

思春期の閉塞感も大人になることの閉塞感も、もういい加減知っていてしかるべき年齢になりました。
けれども、みんながそれを抱えていると、当たり前に通る事だと認めるのも、なんだか癪だと思う子供のまま、年を取った人間が私です。
大貝阿耶ちゃんへの感情移入度が、半端ではありませんでした。
彼女だって表舞台で生きていけるかもしれなかったのに、二度とそこへは戻れないのだと思うと。
一度、解放されたはずがまた、閉塞感に埋没していくのだと思うと可哀そうで、猿比古よりかっこ良くて出来る登場人物を作って、飛行船を追いかけたあの日より楽しい毎日を二次創作したくなります。

小さな世界では美咲も猿比古も王様だったのに、残酷な事に本当の王様は別にいて、
選ばれなかった二人はその王様の臣下となるしか物語を続けることが出来ない、閉塞感の先にあった閉塞感がしんどかったです。
猿比古は、美咲が自分じゃない誰かを仰ぎ見るのが許せなかったから、今までの美咲のコミュニケーションとは別の、
美咲以外に唯一積極的に自分に関わって来た人間――仁希のコミュニケーションを真似したのだと、「美咲ィ」と呼ぶ声を聞いて泣きました。

思えば、仁希の世界にもたぶん木佐さんと猿比古しか居なくて、何かしら特別だったのだろうし、スモールワールドで、ロストしていたのだろうと思います。
仁希と木佐さんに夢を見まくっている自覚はありますが、そこに愛が無かったわけではないと、どうしても思ってしまいます。ハリウッド脳だから。
何故籍を入れたままなのか、何故堕ろさなかったのか、何故入院を知っていたのか、何故月に一度怒らせたいのか。
関わり方を間違えていたんだよと、今日も考えて二次創作を漁ります。

めんどくさい人間を描かせたら、壁井ユカコ先生は最高ですね。

 

・ヴァニタスの手記
望月淳先生は本当に、なんて言うか、私たち一部のオタクを殺す兵器を作っているのでしょうか?
面白すぎて、禿げそうという、いにしえより伝わる表現を思わずしてしまいます。

ヴァニタスとノエの、「協力したいわけでもないが止む追えない理由から共にある」というビジネスバディ的関係性がとても良いです。
主人公が二人、歩む方向も綴る物語も違うのに、「ヴァニタスの手記」という作品を形成するためには二人が必要です。まあ当たり前なんでしょうが。
物語を進めて行く道筋はヴァニタスが決め、綴り方や文体はノエが決める。そんな感じです。

個人的には二巻に出てくるドミが、好きです。今のところ恐らくヒロインであるだろうジャンヌよりも。
「婚約者だ!」という登場は苦手なキャラクターっぽくて警戒しましたが、あまりにも献身的なのと、
本当は本当の婚約者になれたら幸せだと思っているのにそれを隠しておどけて見せちゃう、という所が垣間見えた瞬間にめっちゃ好きになりました。
この子たぶんこれから苦労します。頑張ってください。

たぶんキャラクターとしては、血族を悉く失って帰る場所すらない、亡国の王子然としたノエに吸い寄せられていくのではないかと思っております。
(太陽のように臣民に愛される王子が好きだと、前に気持ち悪いブログを書いた事がありますが、
その王子が守るべき物を失ったら、僅かに残った守るべきものを守るために戦う事になったら――そうです、それが亡国の王子)

PandoraHearts」のようにアニメになるのでしょうか。まずはドラマCDからのような気もします。
だとしたらノエは石川界人さんが良い。そうなってくるとヴァニタスは斉藤壮馬さん。
そしてあわよくば舞台化して推しが出て望月先生がレポ漫画で似顔絵を描いてくれて咽び泣く未来が欲しいけれど、高望みは、禁物。


・最近している二次創作について
オタクなので程よくたしなむ創作活動ですが、機会に恵まれて有志のメンバーとしてアンソロジーみたいなのに参加しています。
今まで、「誰かに読んでもらえたら万々歳」ではありましたが「誰かが読むと決定している」ものを書いた事がありませんでした。

全然、こう、ユーザーフレンドリーに書けません。

「私が書いて理解してもらえる物語」の範疇をゆうに超えて「私程度の実力ではどんなに書いても理解してもらえないけれど書きたい話」になってきており、
そしてそれが本当に面白いのか、本当に誰かの目につく所において良い物なのか、分からなくなってきています。

そもそも、二次創作というのは、誰のためにするものなのでしょうか。
私は、最初は、私が読みたいからしていました。私が読みたいものが見つからなくて、気づいたら書いていました。
私の読みたいものは誰かが読んで面白い物ではないかもしれないのに、誰かが読むことを前提に書くと言うのは、どういう事なのでしょうか。
底辺の私の作品など、誰かが読みたい物でしょうか。
今書いている物も、私が読みたいから書き始めた物だったはずなのに、本当に誰かが読んで「読んだ時間が無駄ではなかった」と言ってくれる代物なのでしょうか。

でもなんて言うか、それでも書きます本に載せますと思うのは、たぶん私が本当に好きであわよくばみんなに知ってもらいたいからで、
そこが平日の時間のほとんどを潰しているサラリーマンとしての生活と異なる点だと思います。

 

・文豪とアルケミスト
何だかツイッターがみんな文豪と戯れていたので私も始めました。武者小路実篤が好きです。
雰囲気がとても良いですね。曲がすごく好きです。

白樺派の二人がアイドルというか、王子様然としていて良い感じだったので、
刃であることから生まれる補修の非効率さと、刃の攻撃回数の少なさを度外視して会派に入れて連れ歩き、双筆真髄をやっと見ました。
シンメ最高ってなりました。

刀剣乱舞よりクリック回数が少ないのと曲が良いですね。あとレアリティに関係なくキャラクターを育てて良い所。
刀剣乱舞はレアリティの高さがそのまま攻撃力や耐久性になるので、そこがいつまでも好きなキャラクターだけで部隊を組めない悲しい所で、
しかもレアを引けないからいつまで経っても鶴丸と江雪が頑張る羽目になり、やっとこさ大太刀が来るころには時すでに遅しといった様相を呈する羽目になりました。

坂口安吾の実装が待ち遠しいですが、出来れば酒びたりのおじさんのデザインは避けていただきたい。