夜明けの星を待ってる

メロン果汁入りメロンパンは邪道では

こんなに近かったら……汗どころか……オタクが何見てるかバレちゃうよ……

若手俳優オタク垂涎! 推しにやってもらいたい役ベスト10とか発表になったら、どんな役がランクインするのかっていうと、たぶんサイコパスな役が1位とかになる。

私も、日々推しがやってくれたら嬉しいと思いながら、槙島聖護をグーグル画像検索したりする。
2.5乱立のこのご時世、もう「このアニメ・マンガなら舞台にしても舞台映えすると思う!」みたいな妄想をしてたとしても、実際舞台化して大人気作品で注目作でもない限り、こそっと始まってスッ……と終わる可能性だってある。
 
ずっと単独主演舞台があったらいいなと思ってた。
メインキャストやキーキャラクターではなくて主演が。
こそっと始まってスッ……と終わらず、そしてこの2.5のブームが終わってしまっても主演を務めることができるような爪痕を残して欲しい。出来れば、刀を振れるやつ。特技だから。
 
なので、『初恋モンスター』の単独主演が発表になった時、「ついに来たわ」と思った。
で、小学五年生の役柄であると知って、「?」という顔をした。原作も読んだ。私には早すぎた。なんでよりによってこれ? もっとあったんじゃない?
それでも決まってしまったものは決まってしまったものなので、一抹どころか胸いっぱいの不安を抱きつつ幕が上がった。
以下観劇後の感想である。結論から言おう。とても楽しんでいる。
 
・子供たち可愛い問題
おバカ小学生三人組+カズが、とても可愛かった。
推し含め、成人男性が非常に頑張っているはずなのだが、「頑張ってるなあ」とはあまり思わなかった。わりあい、おバカで可愛く、目に入れても痛くない子供たちそのものであったと思う。トムめっちゃ可愛い。
本当は、観劇最初の方は、頑張ってると思った。ちょっとだけ。推しが一番頑張ってる感出てるのは、五分前アナウンスである。
特技・ピアノがピアニカという形で活かされていたのもとても良かった。無駄に上手かった。
とても可愛いのだ。無邪気に笑顔なところも加点だし、ふとした瞬間に甘えてみせるところも出来映え点最高評価待った無し。世界新更新、可愛いは正義である。可愛いの前では全面降伏だよガッキー、いや、マッキー。
「結論に達したー」という言い方がとても可愛い。怒る時に頬を膨らませるのもくしゃっと笑うのも可愛い。
取って付けたようになってしまい、大変申し訳ないのだが、こころちゃんも可愛かった。
意外とハスキーな声をしているところもポイント高い。セクシーである。
もしかして連日の舞台で声を枯らしちゃったりしてる? 気を使えない客でごめん、どうかご自愛ください……。
 
・日替わりとアドリブ
コメディって脚本難しいと思う。私はコメディ(スタピ)を見た経験(複数回観劇)があんまりないし、推しだけ観に行ってますみたいなスタートを切っちゃってる時点で何を見たらいいか、どこを楽しみにすべきかというのを考えてしまう。
そもそも原作あるし、ストーリーについては原作の問題である気もするのでそこはまあ置いておこう。
日替わりシーンがあると、「あ、違う」と思って集中するからいい。ところどころ、公演期間最初の方と最後の方では少しずつ変わっていて、何度見ても楽しく観れた。みんな余裕が出てきているのか、アドリブにも対応してたりするんだと思う。アドリブなのか脚本があるのかは私にはわからないけど。
個人的には無音でニタついてしまうところを治したい。恥ずかしいので微笑むだけの余裕を持ちたい。
 
・会場とセット
後ろの方で見てもさほど気にならない広さである。
一階壁際のソファー席でシャンパンを傾けながら美しい男たちのレビューを観たいと思った。それなんてスレイジー。
で、そんな劇場であるから、真ん中の円形舞台で基本的に話が進んでいくし、背中を向けられてしまうこともあるけどこっちを見てくれることもある。
が、やはりステージと向かい合うように席が取れるのが最適ではある。あと埋もれる。
そして向かい側に座る客の顔が見える。辛い。多分向こうもそう思っている。一列目をめちゃめちゃに観察してしまった。
「舞台化する必要あるのか問題」については、あの形状のステージで、あの距離感でやるのであれば、舞台にしても面白いコンテンツだった、という回答になると思う。
近くをペダステみたいな音楽とセリフで走って行く時もう面白くて仕方なかった。もはやペダステより走ってるのではないか(などと言ってペダステの人に怒られる)。
 
・下半身パツパツ問題
突然だが、推しは下半身がたくましい。上半身もしっかりしているのだけども下半身がたくましい。
体操服、太ももの筋肉はさることながら、ふくらはぎもすごい。
トム役佐川大樹の足首の細さを見て欲しい。推しはたくましい。
多賀役小野健斗の全身と見比べて欲しい。推しはたくましい。
奏は小学五年生ゆえ、とても動く。飛び跳ね、蹴り上げ、走るし、しゃがむ。翔さんがポロリを心配していたが私も心配する。
顔や仕草は大層愛らしいのだ。
だけど、下半身が成人男性なのが、こう、なんていうか、こう、気になる。悪い意味ではないし正直興奮してる感もぬぐえないのだけど、なんていうか、大丈夫かなって、思って心配になるのだ。いろいろ。
あと前から思ってたけどところどころ年相応だよね。そういうところも好きやで。
 
・気の使い方問題
すごい気を使ったキスシーンがある。
まず、奥田こころちゃんは中一である。仕事とはいえ、中一のうら若き乙女と27歳の推しのキスシーンは、どう考えてもダメである。
そしてたぶん、若手俳優っていうのは、キス一つとってもいろいろ気を使う。それはメインファン層が若い女であり、彼女らがお金を使ってくれるかどうかが重要であり、そしてオタクは基本的に推しが女優と絡むと有害になりがちだからだろうと思う。
加えて、全方位衆人環境である。
何が言いたいかと言うと、角度で口元が見えない寸止めすらちょっと難しい、という事だ。
その解決策が、まさかの影絵である。
夏歩ちゃんは人形、奏は推しの影で、客から見えるのは布に映ったシルエットである。
色々な問題をクリアした画期的方法なのだろうけど、なんか気を使ってる感じが最初気になって仕方なく、要は慣れの問題であった。
小窓から顔を出しているこころちゃんが可愛い。
 
・ほぼミュ
すごい歌ってた。そんなに歌うと思ってなかったのでとてもびっくりした。余談だが私は手拍子が死ぬほど下手である。リズム感の死。
前述の通り、「イケメンのレビューが観たい劇場・第1位 クラブeX」であるからして、なんと推しのレビュー(?)が観れる幸せ。推しのダンスも観れる。あのF6チョロ松・肩コリダンスが稽古場で一世風靡の小野健斗も踊る。
さすがにCDにはならないのだろう。DVDでチェケラーである。
・笑いの趣味合わないかと思ってたけど思ってたより大丈夫だった
文字通りである。
原作を読んだ時点で微妙にハマれなかった私が悪いのだけれど、ハァ怖い、ハァ怖いよオと観に行って最後はもうすっかり初恋と言う名のモンスター。吹き荒れる奏くん可愛いというモンスーン。君の魅力はハリケーン
舞台になったからこそである。舞台化万歳。
カマトトぶるつもりじゃないが猥談(うんこ程度で猥と言っていいのか……)が苦手で、「うんこ連呼するところが観たいわけではない」などと言ってもいたがどうでもよくなってきた。可愛いからもうなんでもよくない? うんこ連呼してるのも可愛くなってくる。
最初笑うポイントがわからないと感じてしまって、でも回数を重ねたら純粋に楽しくなってきた。最後はすごく楽しく、笑って観れた。私の悪い癖なのだが、その空間に馴染んでくるといろんなことがどうでもよくなってくる。ストーリーはもうよくわからないけれど、もう面白かったし可愛いからどうでもいい。奏くんの健やかなる成長を望む。
 
・同担ばかり問題
推しの出てる作品っていうのはここが辛い。最高に辛い。どうしようもないことだから余計に辛い。
辛え〜〜って言いながらも行く。大変である。
もうどうしたって降りれないので気を使う。自分にめっちゃ気を使う。
仄暗いところを見たくないんだ。
 
・まとめ
総括としては、危惧しているよりずっと楽しめた。みんなが顔真似してるところが可愛いと思う。

 なんていうかね、周りが濃いんですけど、すっごい面白いことになってるんですけど、私推しの話しかしてねえな。本当に可愛いんだよ。

なんかねー、褒めてあげてほしい。確かにずっともっと上手な人はいるってわかってるけど私にとっては彼が一番だから、もっと認めてもっとわかりやすく評価されてほしい。
でもなー、K出の新規だからなー……。私がネガティヴなだけなのかなー……。
 
そういえば、食事はつばめグリルを予約して行くのがオススメだ。とっても美味しい。
あとクラブeXに用があるような人間はつばめグリルに行かないみたいな安心感がある。まわりオタクまみれのところで話す危険性を少しは軽減出来るかもしれない。
 
まとまりのない感想で申し訳ない。
27歳のうちにまた主演があったらいい。刀振れたりとか、2.5じゃないとか。
 
まっきーさんの仕事と言えば、待望の写真集である。
みんな買ってくれの気持ちと共に、イベントが抽選応募ということで何冊も買ったとしても行けないことを前提に考えなければいけないというこの苦しさがすごい。致し方ない。
しかも法人別イベントもあるとのことだ。どうなることやら。
しかしなんてアンニュイな顔をしているんだろう。これ表紙にするつもりだろうか。
こういう綺麗な顔をされるのも良いのだけれど、あんまりにアンニュイな表情をされると、胃の上のあたりがキュッ……となるので、もっと楽しそうな表情もちゃんとあるといいなと思う。
満面の笑顔もあるのだろうか。ご飯食べてる写真とかもあるのだろうか。その後眠くなってる写真とかもあるのだろうか。めっちゃ見たい。
とりあえず、こちらいつも大変お世話になっておりますが、ご購入頂くと大きなサンドイッチを頬張る牧慶彦さんが見れます。
 
『普通じゃない職業』については、結局寝込んでて土日を潰し、病院行って、会社行って、結果観れずじまいで終わりました。ちゃんちゃん。
道教室+あらまきばでとんでもねえネタバレらしきものをかましていたので、観たような気すらしてきている。妄想で補える気がして来た。
推しのあのよくわからない帽子と、翔さんのアレな感じのシャツが大層気になっているくらいだろうか
内容に関してはもう皆さんの感想を検索するより他はないのでガンガン書いてください。
 
『戦ブラ』については長ったらしく書いた記事がある。ざっとまとめると「声の仕事にも着手したようですので頑張って追いますね」である。

aoionon.hatenablog.com

 サンプルボイスが公開されている。意外と落ち着いた雰囲気だ。是非聞いてみてほしい。

 
そしてこちら。

townwork.net

もう一生ちゃんたまに頭あがりません。ありがとう。ありがとう玉城裕規。おいでませトキ。脚向けて寝られないので脚をたたんで寝ることにします。
この一個前インタビューのここが好き。

キャップかぶってますし、ヅラかぶってますし(笑)、脳がプスプス言ってました。…結構、今でも当時の夢を見ます(笑)。

 何せめっちゃわかる。共感がすごい。私も一人で店を回していた頃の夢を見る。バイト一人で店を回すって、今考えると意味わかんないよ。あとキャップとヅラ被ってるの可愛い。

 
お伝えしておきたいのは、風邪は、引き始めが肝心。病院には積極的に行き、そして身体の不調を感じたら会社を休まないと、私みたいにずっとダラダラと通院する羽目になるよ。
 
で、これからしばらくブログに書くことないけど……どうする?

とうとう主君

 
一つ前の記事が意味不明過ぎてひとまず下書きに移した。
相当参っていたのだと思う。
 
本題に入る。
 
皆さんは、推しのことをどんな存在として捉えておいでだろうか。
推し俳優、リア恋、天使、妖精、いろいろあると思う。
私は、主君として見ている。
いいだろう、わかっている。なんとでも言うが良い。理解されづらいことは重々承知の上で晒している。
 
推す条件(?)の話は前にした。
わかりやすく言うと、私は推しひいては今まで好きになった人をみんな王子様だと思っている。
実際はこの現代日本において、そう呼ぶに値する人がわざわざ俳優になることもないだろうし、華族制度の廃れて久しい今となっては、生まれからマジの高貴な御身であることって相当難しいわけで、「王子様」というのは本当に私の妄想でしかない。
そんな中、推しは剣を習いピアノを嗜み(先日のイベントでのピアノリサイタル、非常にお上手でした)学問を修めてイケメンで下々の者にも優しく接してくださり、その御慈悲を傾けてくださる。
と言うわけで、私は推しを王子と思っている。
 
その王子が、本当に殿になる時来たれり。
『戦刻ナイトブラット(戦ブラ)』、上杉景勝様である。
正直、このヒントであまりにも興奮しすぎた自覚はある。

 だが「2017 初主演 舞台」で検索し、意外と初主演の方がいたものだから冷静になった。

だんだんと推しであると思えなくなっていった。
先に発表されており、他人事であった北村推しの身内から言わせれば、

というヒントよりはずっと良いではないかということである。

 なんにせよ、推しは殿である。

まず、その上杉のお家であるという因果の話をせねばなるまい。 
殿は上杉景勝様であらせられると同時に、直江信綱でもある。
炎の蜃気楼』にて殿は直江信綱昭和に換生した際の名は山口だったり尚紀だったりする)を長らく演じておられ、上杉景虎様(昭和に換生した際の名は加瀬賢三)を主君としておられる。
諸君、『ミラステ』は観たことがおありか。
殿の演ずる直江は、二言目には「景虎様」(一言目は「加瀬さん」)と主君の名を呼ぶ忠臣(ご執心)である。
殿はミラステにおいては景虎様に並々ならぬ執着を抱き、スレスレの距離感で景虎様を演ずる翔さんと舞台上に立っておられる。
そのさまを見ていると、殿がいよいよ上杉の名を冠する事に感慨深いものがある。

 加えて、「御館の乱」である。

かの上杉謙信公の死後、勃発した景虎様と景勝様の家督争いであるこの乱は、景勝様の勝利にて終了している。
元はと言えば、謙信公が遺言も残さずに亡くなったことが事の発端であろう。血の繋がらない兄弟が、血で血を洗ういくさは、一年も続いたという。
このいくさで上杉家は疲弊しており、対して織田家はその力をどんどん増していた。景勝様の勝利は上杉家存続にとって最後のタイミングであったようだ。
ただ正直、拙者、戦国の歴史に明るくない。幕末史ならもう少し語れるのだが。
さらに、炎の蜃気楼にも明るくない。故に景勝様派であった直江が、どんな気持ちで景虎様にお仕えしているのかは語れない。
だが、重要なのは殿と景虎様について、このような記事があるような舞台に出演していたという事実である
ラブシーンて。
原作がそういう作品であるし、実際私も観た後は思わずいろんな名前の組み合わせで検索したのだけど。
 
殿は上杉景勝様を演じられるが、この上杉軍というのが、やたらと腕の立つ役者陣を揃えている。
腕が立つというのは「なんだか物理的に強そう」という意味である。
甘粕景持 cv.緑川光
如何にも手練れではなかろうか諸君。
このような手練の中で殿がどれだけ戦わねばならないのか、想像するだに恐ろしいが、殿は結構「芝居がかった芝居」をなさる御方であると拙者は思っているため、なかなか良いのではなかろうかと予測している。イベントで披露した朗読もとてもオトメイトだった。
殿は芸歴もさほど長くはない。さほど長くは無い中で、このようなベテラン勢の中に放り込まれる重圧もあるであろう。だが殿は殿の思うまま、自由にお芝居をして欲しいと思う。応援している。
声のお仕事だけになってしまうと、私が声のお仕事をしていた王子から殿に主軸を置き換えた意味がなくなってしまうのでやめて欲しいが、それでもハイブリッドに貪欲にお仕事をして行くならこの私、微力ながらお力添えをしたい。
私の最初の王子の名言に、こういうものがある。
「歌手でも、声優でも、俳優でも、好きなように呼んで欲しい」(意訳)
だから私は、その全てを応援するのだ。
どうでもいいが殿はこの中で末子ではなかろうか。そういう扱いを受ける殿も、見てみたい。
 
以下は上杉軍の相関図である。
公式サイトより引用する。
我欲を捨てて義のために、刀を取ろうと心に決めた武将たち。
各軍が、天下を手中に収めようと争いあう戦国乱世にあって、
彼らはただ、助けを求める人々のために刃を振るう。
王の器である。
上杉家こそが天下を取るのに相応しい。
大殿様・謙信公の跡取りについても景虎様のお名前無き今、殿の手中にあると言っても過言ではない。殿こそが上杉の嫡男なのだ。
大殿が天下をその手に収められたその時、殿にとっても天下を手にする未来が約束されるのである。
私は、上杉軍バク推しとなろう。年貢も納め、戦では微力ながら注力し、最後まで戦い抜こう。
ああ、今から楽しみだ。お仕えできるその日を夢にまで見る。楽しみで仕方がないのだ。
私のアイフォンは容量がカスであり、通信速度もすぐに息絶える程度であるから、このままでは殿の為にこの身を捧ぐ事は到底できない。
一介の武士として殿のお役に立つ為には、やはりこのアイフォンをより最新にする必要がある。さすればようやっと、殿のことを主君と出来るのだ。
夢のようだ。理解されて来なかった私の推しスタンスが、結実するのだ。
 
でもなんか、違う気がする。私は、軍師のような感じでお仕えする、「推しキャラを殿と呼べる」ゲームだと最初思っていた。
ジャンル:「私」を巡る戦国恋愛ファンタジー
とあり、さらに、
私(あなた)の血に魅かれる 数多の武将たちとの物語が始まる
多分、私は決定的な勘違いをしながらこのブログを書いている。
好きなキャラクター、好きな声のするキャラクターとはどうやら恋愛を楽しむのがセオリーのようだ。世間一般ではどうやら、ファンは臣下の一人として刀を携えることを求められているわけではないらしい。「理解されづらい」と思っていたがそもそもそんなスタンスは求められていなかった。やっと気づいた。
私は、殿に認識してもらいたいわけではない。私は界隈ではまだまだ新規で、そして殿の仕事全部を追って全部に顔出して全通しているわけでもないのに、認識など出来るわけがないという冷静な判断だってできる。そんな中で、たとえ声だけだとしても恋愛などと烏滸がましいことは言えない。
そもそも通いまくって殿が生活の中心になることで、自分の周りに影響があるのが怖い。殿が居てくれるから生活に張りがあるのではなくて、殿だけになってしまうのが怖い。
だからたぶん、自分より上を仰ぎ見て、自分には届かないものとして応援するスタンスが性に合ってるんだろうなとは思う。
 
話がずれてしまった。
どうせゲームを始めたら普通に恋愛するのだから無意味な話だった
 
ともかくとして、殿がとうとう本物の殿となるゲームがリリースされる。時期は今年の春くらい。なんともぼんやりしているが、それまでにはアイフォンを替えておきたい。そしてリリースされたらこの記事に追記したい。
この前コンビニで勢い余ってiTunesカードを買いかけた。「まだリリースされてないわよお婆ちゃん」と心の孫がそっと制してくれた。
 
五月に缶バッチやアクキーが出るそうで、ひとまずiTunesカードよりも先にそっちに課金することも考えておこうかと思う。

僕は桜 血染めの花 いつか散るとしても

会社の同僚にイラつくことがある。

そいつがどんな仕事をしてどんな風に神経すり減らしているのか全く知らないし興味がないが、さも「私は忙しいのであなたがこの雑務をやってください」というような感じで言われると頭にくる。何故なら私も働いているからだ。

そもそもそいつは内勤であって外回りをしないならそれくらいの雑務してくれても良くない? となすりつけ合いの様相を呈し、多大なるストレスを感じて可及的速やかに解決策を提示し同意を取って勝手に実行した。

こうしてお互いの仕事への理解は失われ、さながら有賀と間宮のように道は分かたれたまま交わることなどないのである。

ごめん、嘘だ。

理解しあいたかった有賀と間宮と違って私たちは別に理解し合おうという気はない。ただお互いにお互いの考え方にイラっとするだけだ。私はあいつの金の使い方に一生理解を示すことはないし、あいつは私の買い物の基準に理解を示すことはない。そしてそんな些細なことでもめるような精神状態を作った仕事への理解もする気はない。

でも有賀と間宮は理解しあいたかったんだよな。二人は共にあって欲しかったよ。間宮一周忌を終え時代は加々美だというのに未練がましいことで、私はまだ舞台の上に間宮を探している。

 

そうなってくると、最初から二人でいることを選んでいた白崎と悠里は、RPGの定番主人公ズだった。

まあ引きこもりのパーティーメンバーってそうはいないけど、でも幼馴染で同じトラウマを持ち、同じ場所から旅立つなんて、物語の主人公じゃなきゃ許されない。

白崎の主人公力の高さはメサイアシリーズ随一なんて趣すらある。と勝手に私が思っている。 撮り順の問題ではあるのだけれど、深紅がびっくりするくらい辛くてその中で唯一の救いが白崎だった。有賀心開くの早いよ……私まだ加々美受け入れてないよ……。

そんな中で白崎はあの四人(新旧)の中でバランサーであって常に真ん中にいる。概念的メサイアになれたかもしれない高野との道が分かたれてなお、正義を説き、自分の目的ではなく国に住まう人間のために引き金を引く。例えその正義が、白崎の思う正義であって絶対的に正しいものでなかったとしても。

この主人公力の高さ。

そんなわけで、私は白崎のことが一番好きだ。

 

ここ数日、まるで薄氷の上を忍び足で歩くかのような心地だった。 というのも、私がツイートもしないのにツイッターに張り付くことを専らの日課としており、さらに絶えず色々なワードで検索していることに起因し100パーセント私のせいである。

まだまだ幕開けて序盤であって、後半観に行く予定の身としては踏み抜いてはいけないネタバレが多いはずだ。依存症としては検索しないようにするのが一苦労であった。

だって白崎は一人だ。どうして一人にならなければならないのだろう。事務所変わったから?

サクラにはメサイアしかいない。メサイアしかサクラを救うことができない。白崎なんて初めから悠里しかいなかった。高野じゃ共に行くことのできなかった道を共に進んだのは悠里だ。突然の失踪ってなんだ。鋭利の卒業試験みたいなことなのか? それとも父親を追った周なのか?

今の所一番怖いのは、悠里が裏切ることでもなくどこか別の場所で一人で卒業試験に挑んでいるとナレーションで説明されることでもなく、戦えない体になっているとしたら、だ。

こんなの、悪い夢みたいだ

戦えないって

 

 

と、ここまでが観る前の心持ちである。

一度更新してから観に行こうとしていたので長々と書いたのだがタイミングを逸した。

以下は、これから観るぞ。と、観てきたぞ。の気持ちの話である。

 

桜の樹の下には屍体が埋まっている!

これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。

 

のような気持ちでその日私は電車に乗った。

『サクラノモリ』という短篇をご存知だろうか。『新装版メサイア』に封入されており、インターネット各所でファンが心の桜にペットボトルで水をかけるきっかけを作った、あの短編である。

悠里を失うことに尋常ならざる恐怖を抱いている私は、白崎が一人でサクラノモリに立っているところを想像して泣きそうになりながら移動していた。桜の樹の下には概念的に屍体が埋まっていて、決して一人で佇んでいるわけじゃないんだと、勝手にこの世からいなくなったことにして勝手に納得させながら。全然納得してなかったけど。

変わらず同僚にイラついたりもしたが、メサイアのことを考えて鬱になってるうちに原因となった一件は解決し、本格的に白崎のことだけ考えて鬱になっていた。

そう、もはや私は鬱であった。

こんなに鬱だとさぞメサイアが好きなんだろうと思われるだろうが、私は十億渡して小島秀夫監督に顧問になってもらって全編作り直して欲しいと思っている。特に映画とドラマ。

そんなことはどうでもよくて、サンシャイン劇場である。いつぶりだろう、パラノイアぶり?

本当は大千秋楽まで寝かせたかったがもう我慢できないのでブログにしたためる。ネタバレ必至であるからして、ご容赦いただきたい。

 

冒頭、拘束された白崎のシーンで悠里の声がした時、声優という夢を見る廣瀬と白崎と共にいたい悠里が頭の中でぐちゃぐちゃになって、それでやっぱりもういないんだなって気づいた。

悠里は、白崎にとっての光だった、というのが今回よくわかった。

そしてやはり、白崎は光だった。 一度も疑わず、絶望しても全てを投げ出すこともない。「どうなっていたか」と言いながらも、決してサクラとしての道を踏み外すことがない。

 

イギリスのサッチャー元首相は「社会などない。あるのは個人と家庭だけだ」と言ったそうだ。

では社会とは。社会規範とは。社会の構成とはなんなのか。

今回の『暁乃刻』にはそれが無い。夜は、夜明け前が一番暗い。社会の一番小さな単位である家庭も、寝静まっている頃だから見えないのかもしれない。または、白崎と悠里は家庭の喪失を経ているから、意味がないのかもしれない。

白崎の戦いは、今度こそ、個人のための戦いだった。

今回の舞台では国に住まう人間なんて数でしかない。白崎にとって重要なのは悠里の行方であって、その他のことではない。

加々美もそうだ。加々美の家庭の喪失、夜明け前で明かりのない世界で見えないそれを、喪失するきっかけとの戦いという至極個人的な戦い。

有賀ですらそうだった。

間宮に縋っているスペクターは私だった。有賀は間宮の事を心に留めながら加々美という新しいメサイアを受け入れて、加々美は間宮という存在をわかった上で、その代替品であることを抜け出そうとしていた。

「いつき」と「涼」、名前で呼び合う二人を見て思った。名前で読んで欲しいなんて、間宮のときはこれっぽっちだって出て来ない話題だった。間宮とでは出来なかったことを、これからして行くのだろう。

「刹那、お前は変われ……。変われなかった、俺の代わりに」

果たせなかった間宮の代わりに、加々美が果たすのだろう。

 

思うところがないわけではない。

例えば、コンピューターというのは演算装置や電源、記憶領域が伴って初めて機能するのであって、加々美の中のチップ程度で管理可能なはずがない。 ネクロマンサーがどれだけ有能なAIであっても、どこかにネットワークに繋がった本体があり、本来であれば物理的に存在するそれを巡る攻防になるのではないかとか。

脳を利用したのであれば本体と共にあるはずで、さらにそこから意識のみを抽出するという事が本当に可能なのか。

むしろ悠里の行動パターンを学習させ、悠里であれば取ったであろう判断をトレースするプログラムなのではないかとか。

もしそうであったら、それは悠里と言えるのかとか……。

 

だがもうそんなことはどうだっていい。

ネクロマンサーの中にいた、0と1の悠里に白崎の言葉は届いた。そこにいたのは悠里だ。まごう事無き悠里だった。

なんていうか、めっちゃ泣けた。

急にもうなんかいろいろ書くのが面倒くさくなってきたが、すごい泣いた。

悠里は戦えない体なんかじゃなかった。体を失っても戦うことを選んだのだ。

それは一つ、私にとって救いだった。

「けれど、あなたは兵士じゃない。私にはそれがわかっていた。あなたは兵士ではなく、戦士なの。兵士の歓喜のうちに戦場で死ぬことは、ありえない」

 

白崎は、メサイアを失ったが、別たれてしまったのではない。悠里は「同じ空の下の遠いどこかでメサイアが生きている」という生きる理由ですらない。

悠里はどこまでいっても、白崎と共にあるのだ。

悠里はこれから、マイクロチップ入りの屍兵をその手足とし、屍者の王として見えないところから白崎を支えるのだろう。二度と別たれることのない、メサイアとして。

柊介と颯真、有賀と間宮、白崎と悠里……どういった形であれメサイアを失うサクラが多い中で本当に鋭利と珀は幸せというかいよいよ化け物じみて来たな! わざわざ二人で観に来やがって!

ラスト、エピローグの白崎と、屍兵の共闘がとても良かった。わざわざ髪型似せて来やがって!

号泣だぜ! 「壊れやすいたまご」の話リバイバル、だからこんなこと言ったんだね! 粋なことしやがって!

 

そして本当に本当の最後のシーン。白崎が走り出して暗転する。 これがとても良かった。 白崎のことを主人公だと思っている私だから、白崎の夜明けがあの道の先にあるのだと思って嗚咽を漏らしたぜ!(白崎主人公説、身内は支持してくれてることが観劇時判明)

もうなんていうか、うまく書けない。感極まり過ぎて適当になってきた。 白崎と悠里は今までの、紫微、影青、翡翠、鋼、深紅その全てを振り返って、その全てを背負って二人で卒業していった。

おめでとう。次は映画でね。

「あなたは戦士なのだよ、ジャック。この子を頼む」

 

これ聴きながら読んで下さい。

Eternal (赤西仁の曲) - Wikipedia

 

追記、新作発表おめでとう。

地獄は

最近無駄にブログを更新している気がするが、理由は特に無くて、やっと使い方とか星とか言うものの存在を認識したのでなんか楽しくなっている。あと周りの人がブログやり始めたのでなんか楽しくなっている。

ちなみに星についてはまだ恥ずかしくて付けたことはない。恥じらう乙女である。それと単純に、pixivを更新できるほどの物語性を持った文章を、腰を据えて書いている時間がないのでブログを書いている。

 

観てきた。

それをどうしても報告したかった。

 

二時間で収めるにあたって、基本的には改変されることは仕方がない。原作は映像になった時のことまで考えて書かれてはいないし、実際に映像になった時にどんな話であれば画面に力があるかは書き手からはわからない。だろうと思う。自信はない。

 

虐殺器官』は、その改変が一番自然であったように思う。漫画版という前提があるからかもしれない。少なくとも「マジか」と思うところは無かった。お母さんのくだりをカットしてしまったのは残念だけれど。

 

以下、多少ネタバレになる。ご了承いただきたい。批評がとても下手なので、感想になる。

プライベートライアンはさすがに使わなかった。けれどアメフトがいい味出してる。コーラ飲みながらピザ食ってアメフト見てるのなんて最高に日本人の思うアメリカ人、っていうバイアスかかってる感じがして超クールだ。

ルツィアの比重が大きい。それはお母さんの死を描かなかったから仕方ないのだろうと思う。お母さんの死をクラヴィスが決めるという苦悩のきっかけを、決断のきっかけとしてルツィアが背負ったのだろう。というかパンフレット見たら中村氏がそう言っていた。正解であった。

「女の取り合いじゃねえか」と映画が終わった後笑いながら言ってた奴がいたが、じゃあなんだお前クラヴィスとジョンにもワトソンとフライデーみたいになってほしいのかよ黙ってろと思った。あいつとは分かり合えないだろうなと思う。

リーランドがとても明るい声で喋るから、「お? 改変か? 生存ルートか?」と思って喜んだ私を粉々にしてくれてありがとう。ちょっと泣いた。界人氏が可愛い。

 

屍者の帝国』では関係そのものがすっかり変わったことで、ある一定の層を取り込むことが出来ていた。私は普通に映画として面白かったと思う。ワトソンのあの狂気に理由をつけなくても、良いかなと私は思っている。その層は、今回は期待できないかな。クラヴィスとジョンはあくまでルツィアを通して会話している。求めるものはルツィア……なんて簡単には言えないだろうし。ワトソンが全世界巻き込みながらフライデーを求めたのと対比してしまうな。

『ハーモニー』は最後の一言がとんでもなく改変だった。おおよそ原作通りと思って進んでいったところに一撃食らった感じだった。観た時はビックリしたけど、今思うとアレも限られた時間で旅を終結させるには必要だったんだろうな。「憎いけれどそれだけじゃない」と伝えるには、二時間は短い。

というわけで、肯定的に捉えている人間が書いている。先に言うべきだった。

 

ラヴィスが諮問委員会(で、いいのだろうか)で口を開き、息を吸うところから始まるのがとても良かった。聞いてはいけない文法で、今から彼が喋るのだ。そういう話でいけば、カウンセラーのところがすごく良かったと思う。「子どもを殺せますか?」で暗転。最高にクールだ。

そして最近なかなか観れないような、戦場の描写がすごい。陳腐だけど、すごい。描くと決めた人も、あれだけの描写をした人も。

 

是非、観れるのであれば、観て欲しい。

私は帰り道に買い物しようと思ったけれど、なんだか平和な風景に疑問を抱いたので切り上げて帰ってきた。影響されやすいのは私のいけないところだ。あともし朗読劇やることになったらクラヴィスは秋人氏にやってほしい。

君の名は。』のようにはなれないだろう。きっとそんなに長くは上映していてはくれない。だから、どうか、今観れるのであれば、観てくれたらいいなと思う。

ここまで書いて気づいた。「心だけが特権的に自由であることなどありえない」というあの名セリフ。言わせなかったな!!この動画で聞けます!

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求めた21グラムの向こう側へ一緒に行こう

ともかくとして、必要なのは、何においてもまず、アニメスタジオだ。この場合、本当にそう。

 
プロジェクト開始からウン年が経ち、うら若き新入社員だった私は、会社の根元にクレーターを深く穿ちながら会社が真っ二つに折れることを毎日願う不届きな若手となった。
毎朝ミンティアとビッグのCMを見ているせいで、ミンティアとビッグを見ると会社に行かなければならないと思う体になった。ミンティアとビッグのCMの代わりに「次世代ヒト行動特性記述ワーキンググループ」の犯行声明が流れないだろうかと考えるけれど、今のところ一度もそんな犯行声明など流れたことはない。
 
ノイタミナ信者、ひいては槙島信者たる歴々の友人たちが次々と挫折していく中、淡々と電気羊の夢を見ていた私は、今回の映画化プロジェクトが発表になってから3冊読んだ新規だ。以後非常にはまったところを見ると、小島監督ミームが小さな頃から身近にあった私にとって、とても馴染み深いものだったのだろうと思う。愛国者達よ、サニーと呼んでくれ。サニーやオルガのように壮絶であったことは一度もないが。
 
虐殺器官』が、やっと公開する。
たった一つの冴えたやり方を暗中模索していた作品が、やっとだ。
私のザンジバーランドたる一人暮らしの部屋の中で、クラヴィスから中村悠一氏の声がすると言い出し、しばらくして正解だと判明した時のテンションは忘れられない。思考は言葉に先行し、とりあえず言い表せない嬉しさから小躍りした。
ジョン・ポールは櫻井孝宏氏以外ありえないだろと思っていたらやっぱりそうだった。もうここに関してはみんな思っていたと思う。槙島聖護の話した文法を思い出すしきっと忘れられない。独特の文法があるのだというのだから、虐殺には。『PSYCHO-PASS』を観ているとウェーバーフーコーなどを引用するところに非常にテンションが上がる。新編集版で露骨に「Project Itoh」をアフィってくるチェ・グソンがとても好きなので見てみて欲しい。ヘルメット事件のちょっと前あたり。
 
この日をどれだけ心待ちにしていたか。きっと多くの人がそうだ。『屍者の帝国』を観に行った際のやたらと沢山いた若い女子たちのようなファンも多いだろう。声で釣られた少女らは、あの迸る血液にどう対処するのだろう。まあどうせみんな厨二拗らせた†堕天の乙女†なわけだから、包帯ぐるぐるに巻いて血をにじませた気怠げなアシメの青年を創作し陰鬱な雰囲気を醸し出す世界を通ってきてるのだろう。私の時代はそれが真っ黒の背景のホームページだった。今はpixivで「鬱くしい」とかそんなタグを狙う感じだろうか。そんなのほとんどフライデーなんじゃない? 一緒にしたくないけど。
そして今回はR-15だから、あの時私の座席の前で興奮気味にワトソンとフライデーについて語っていた子のうち何人かわからないけれど、見れない子もいそうだ。大人になったら見てみてくれ。絶対に。
 
心が特権的に自由でない以上、しょうがないのだがやはり若手俳優をキャスティングしがちだ。私の脳内で。持病かよ。
舞台化は難しいだろうとは思う。SFの舞台化は結構しんどいはずだ。
というわけで、朗読劇なんてどうだろう。紙の本を読みなよ、電子書籍は味気ない。
『ハーモニー』に関しては女子なのだが、あえての男子でやるところになんだか演劇的価値が生まれてくれるんじゃない? と言いながら普通に男性をキャスティングしたりして一通り遊んだ。演劇のことなんて何も知らないのに価値とか言い出してごめんね、ミァハ。
例えば、トァンなんて池田氏ぴったりだと思う。じゃあミァハは勝吾氏なんじゃない?
推しにはジョン・ポールを、松田(凌)氏にはワトソンくんを……。
好きな本というのは、とかくそういう目で見始めるととても楽しい。絶対にやることはないのにやる気がしてくるからエアキャスティングは止められないのだ。
 
そう、それで、何においてもまず、アニメスタジオが必要だった。
mangroveが倒産するなんて想像できただろうか。本当によく座礁しかけた企画を公開まで漕ぎ着けたものだと思う。このままなかったことにされるかと思った。いろいろあったけれど、デリバリーピザのある日常はやっぱり不変だったから、まあ映画の一本二本公開されなくても、私の生活は変わらなかったんだろうけども。
それが冗談じゃないと頑張った人がいたのだ。
しかと、見届けたいと思う。
 
 
いろいろ有名な言葉や作品名を混ぜながら書こうとしたら過去最高に読みづらくなった。つまり「とても楽しみにしています。グロいかもしれないけどいつかみんな見てね」という意味である。
 
 
あと全然関係ないんだけれど、「白崎護が一人で挑む卒業ミッション」ってなに?
本当に無理。お願い、やめて。一人で行かせたりしないで。
 

推しプレイリスト2017winter

男もすなる推しプレイリストといふものを、女もしてみむとてするなり。(承平五年、紀貫之

 

巷では「推しプレイリスト」なるものが流行しているという。流行に乗りたいというわずかばかりの乙女な私が現れたので、流行に乗るために推しプレイリストを考える。

途中まで「推している人が歌う別の推しのためにあるような歌」のことだと思い込んでいたためか、同じアーティストから二曲選抜してしまうという愚行を犯した。こういうのは色々なアーティストが混ざっているから楽しいのでは?

また、今回はパソコンでブログを書いたことにより、引用という記述方法に着手した。おしゃれに見える。やっとはてなブログを使いこなした(使いこなし始めた)のだと思うと調子に乗りたくなる。

 

推しの才能に心の底から感服仕る時の歌。

1.見果てぬ世界、繋がる想い/入野自由

見果てぬ世界、繋がる想い

見果てぬ世界、繋がる想い

もっともっと遠くへ行けるさ

固くなった大地を踏みながら

推しが珍しく(?)野望に燃えて、ファンや見ている人間に向けて目標とかを発信しており、「Foooooooooどこまでもついていくぜ!!」と思っている時の曲だ。

遠くまで行かれてしまうのはあまりにも寂しいが

元々近くにあるものが やっと見えるようになっただけだから

とも歌ってくれている。ちょっと元気になる。

この曲は「THE 自由」であり、みゆくんにとっても大事な曲だ。とても良い曲なので聴いてみてほしい。今回のライブツアーもラストに歌っており、楽しくて笑いながら泣いた。

世界にひとつだけの自分の足で 周りまわった

世界にふたつとない星空を集め ほら、見せてあげようか

 

推しがいろいろたくさん悩んで作品に臨んだのであろうことを想像する時の歌。

2.4 Seasons/Sexy Zone

不器用な人

こんなに全て明るい季節なのに

流されないで

生真面目に今日もなんだか悩んでいる

もどかしくて分からなくてでも愛しい

どんな姿でも愛おしく思えますみたいな歌だ。なんでもそつなくこなしているからといって、なんでも何も考えずに出来るわけではないと思う。私には彼の考えているこれっぽっちも知る由はないのだが、そんなことは一切合切どうだっていい。みんな弱み見せてくれたら嬉しいかもしれないけど、見せてくれなくたって好きでしょ?

こんなもんじゃないよ

もっともっと輝けるはずさ

 

たまたま観に行った推しのいない舞台に超感動した時の歌。

3.トップランナー/入野自由

トップランナー

トップランナー

 

悪くない 悪くない いや、決して 悪くないが何か足りないんだ

あと少し あと少しって言うそのあと少しが 何か知りたいんだ

「推しより演技の上手い人しかいないのでは」と勝手に落ち込んでいるときに聴くといいと思っている。推しがいずれ演劇界のTEPPENを取るためにはファンもこういった苦しみを感じなければならない。ということにする。

というか、他の役者と勝手に比べて鬱になり、現場入って「やー、一位ですわ。何させても一位ですわ」になるのは普通だと思っていたがそうでもないのだろうか。

一歩一歩がいつかきっと その先に願いを

運ぶと信じて

 

個人イベント後の特有の虚しさのなか、激しく同担を拒否してしまう時の歌。

4.words/Aimer

words

words

  • Aimer
  • J-Pop
  • ¥250

 

私にはもうあの日の貴方にしか しがみついては行けないのに

チケット取れない時もこんな感じだと思う。元々とても粘着質で、一度人を応援すると決めたらそこそこ長い。だがそこそこ新規である意識が、いっそ自意識過剰なまでに私の中にはあって、それでも彼しかいないのだ、というのがしんどい時もこの曲である。

この曲の持つにっちもさっちも行かない鬱屈とした感じが、私の卑屈さと根暗さに非常にあっている。もしも辛いから降りると決めることがあったとして、その時もこの曲を聴くんだろうと思う。

iTunesで調べたらこの曲、阿部真央のカバーなのだろうか。確かに歌詞カードの作詞作曲は阿部真央だけれど。

もう会えないならせめて憎ませて欲しかった

優しく笑う貴方しか知らないのに

 

胸が痛いくらい好きだと思った時の曲。

5.高鳴る/藤田麻衣子

高鳴る

高鳴る

 

いつからだろう

あなたの指がきれいだと知ったのは

この気持ちに気付いたのは

 

惹かれて行く速さについていけないから

臆病な心がブレーキをかけるよ

 ブレーキなんてかける暇もなくノンストップで落ちたけれど、まあドラマティックにこの曲なんてぴったりじゃないかと思う。繰り返すが私は粘着質である。同担拒否拗らせようとも推しの現場に行けなかろうとも、他の人に降りるのは至難の技なのである。

高鳴る鼓動で壊れそう

もうほんと私大丈夫かよ。イベントで死ぬのだけは避けろよ頼むから。

あなたの笑顔が愛しくて

近づいた声 触れた感覚

秋の夕暮れ 落ち葉が舞って

 

今回残念なのは臣下曲がないところである。

 

ところで、幸福な職場とてもよかった。すごく泣いた。

就業への意欲はわかなかったが、感動した。

バックとバッタとブレとフリーとラブホの上野さん

(今日は俳優の話ですが、本当は先にこれを更新するつもりが廣瀬ショックで変更に。とても読みづらいと思うけれど、こういう文章は書きやすい。

今日どうでもいいがジワジワと落ち込んで来ており、会社で「元気なくない?」と言われた。正解である)

おっさんがスマートフォンを操作するために突っ張ったハンガーみたいな腕に挟まれて日々思う。

実のところ私はイケメンだらけのサロンの給仕になのではないだろうか。

主催するマダムの家はもちろん絵に描いたように幸せで、家族皆仲良くて、もうなんていうの? 仕える身としては本当に誇り高いです。

イメージはやはり、マダムと言えばドリボのマダム。あんな感じの幸せ版である。

そんなマダムが今、夢中になっているもの、それは『男水!』に違いありません。そうに決まっている。

『男水!』に関してはもうググってくださいが一番いい説明だと思う。

マダムも例外なく『東京暇人』、『PON!』からの流れで『男水!』を見た。はずだ。

マダムは常々こう仰せられていた。子曰く、「わざわざ2.5 2.5と喧伝する必要なくない?」だ。

キャッチーなのもわかるが「2.5次元若手俳優」というのをウリした宣伝方法はマダム的に複雑な心境を呼び覚ましていたご様子であった。

子曰く、「お前らが知らないだけで別に昨日今日人気が出てきた俳優なわけではないだろう」とのことだ。

さらにこうも言っていた。子曰く、「別に2.5だけ出ているわけではない」である。

一般に知られていないというのも事実、一般に知られ評価されるきっかけになるのも事実である。

だが、その「地上波で流れるドラマに出てこそ芸能人」みたいな暗黙の了解みたいなものは腹立たしい。上から目線感。私が卑屈なだけなのだろうか。

違った、マダムが。今回はそういう設定である。

まあ概ね、私もマダムも今回のドラマについては賛成大多数で可決である。死ぬほど楽しみにしていたし死ぬほど評価してほしいと思っていた。いや、思っている。

一話非常に良かった。

舞台ナイズされた3D……いや、必死で香水を嗅ぎ取ろうとしている友人を見れば4DXである彼らのお芝居が、とてもナチュラルなドラマのお芝居であったことに感動した。マダムも感動していた。

子曰く、「影青の章と青春ディスカバリーフィルムとスタコンくらいしか舞台俳優の映像の仕事を見ていなかったが、こんなに映像に順応できるものなのか」である。SSLに挫折したことは都合よく忘れている。

ドラマにしてくれてよかった。日テレでやってくれてよかった。ついた予算がすでに違う……ありがとう日テレ……とボソボソ喋りながら見た。オープニングのダサさすら愛おしい。

そして清々しいほどに2.5アンチの友人が観てくれた点もポイント高い。キャラクターに寄せようとしてなければ全然観れると言われたけれども、なんなら思いっきり2.5であるし、ちょっと何言ってるのかわからなかったのでそのあたりはスルーした。

なんだか感慨深い。すごいなと単純に思う自分もいる。日テレの深夜と言えば今をときめくアイドルユニットやイケメン事務所やハピネスな事務所が独自の世界観でドラマを放送していたというイメージが強い。マダムも死ぬほど『BAD BOYS J』や『近キョリ恋愛〜Season Zero〜』、『49』に『お兄ちゃんガチャ』を見た世代である。

子曰く、「とにかく『お兄ちゃんガチャ』はバク萌えである」

私は、晴美ちゃんが一番好きである。割と好きなキャラがおネェである。

しかしこれでRyo Matsudaのなんらかの賞への道が拓けたのだろうか。子曰く、「報知映画賞間違いなしだ。ブルーリボン賞に、日本アカデミー賞だ」である。演劇で取るとしたらエミー賞だろうか。

そしてこの記事は良い記事であると思う。日テレ上層部についての記述とそれをひっくり返したあたりに少年漫画のような胸の熱さを覚える。

日テレ内を口説いた、2.5次元イケメンドラマ『男水!』 - プロデューサー2名が語る、企画の裏側 | エンタメ | マイナビニュース

http://s.news.mynavi.jp/articles/2017/01/20/dansui/index.html

マダムは大変喜ばしいと仰っている。子曰く、「評価されることは良いことだ」

ところで私の推しもドラマに出る。

ラブホの上野さん - フジテレビ http://www.fujitv.co.jp/uenosan/index.html

10話に出る。今から劇中では女連れかと思うと気が狂いそうである。ぜひご覧ください。