夜明けの星を待ってる

仮面ライダービルド最終回後の生き方を模索している

つづく!

私は今、映画館近くのカフェでナポリタンを食べながらこの記事を書いている。

正確にはデザートのシフォンケーキまでしっかり食べた後に書いている。

今日は交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション1の映画を観にきた。近くにいる「コミック原作実写化映画反対派」の女のうざったい主張を聞きながら、「イケメンなら何でもいい派」の私はひとまずぼんやりとしている。

私は、緊張しいだ。そして今回はうっかり前評判を調べてしまった。あまりの緊張に我慢できなかったのである。

なのでわずかばかりの情報は知っている。例えば「モーニング・グローリー」の手前で終わること。字幕の評判がクソほど悪いということである。

 

で、観てきたため感想を書く。

 

めっちゃ泣いたんだけど?

 

確かにみんなが言わんとしてることはわかる。字幕変わるの早いし時間関係が前後しまくっていて今がいつなのか、レントンはいつ軍学校を出て月光号に乗ってそこを出たのか、そういうことがわかりづらい。

たぶん、そこを理解させるために作ったわけじゃないんだろうなという風に感じた。時系列についてはパンフレットを買おう。

たくさん出る字幕は「これだけの情報量を必要とする部隊がこんなにあっけなく壊滅しました」という一つの指標であり、または「これだけの周囲との関係性がある人であってモブではありませんよ」という一つの示し方であり、字幕がたくさん流れてすぐ消えるのはとてもかっこいいという至極簡単な論理に基づいている印象があった。

つまりわざわざ読む必要はほとんど無く、考えるな感じろで充分なはずだ。

だいたい、字幕を読んでいたら冒頭の最高にかっこいい空中戦を見逃すことになる。この映画のとても重要なシーンはその「サマー・オブ・ラブ」で間違いない。

なんというか、好きなものを語るにあたっては好きであるという文脈の元でしか語れないとひしひしと感じている。

 

と、いうわけで感想である。バリバリに内容に触れることをご了承いただきたい。

サマー・オブ・ラブ

エウレカセブンは人型ロボットLFOの(KLFの)アクションがすごいので有名なのだ。

冒頭のサマー・オブ・ラブのアクションは、「これを観にここまで来たかもしれない……」と考えるほどよく動き、よく機体が切断され、そして爆発する。その動きのスタイリッシュさはかつてのエウレカセブンと同じで、また始まったのだなあと感傷に浸りつつ、残酷に轟沈する艦隊と壊滅していく部隊がエウレカセブンってこういうアニメだったなあとなる。

ロボットアニメってなんか「歌が世界を救う」みたいなの結構あって、もちろんマクロスとかそういうのは鉄板だし、マクロスの影響なんだか知らないけどガンダムもヒロインが歌ったりする。どういう系譜でそれが続いているのか私にはわからないし、調べることもないだろう。エウレカセブンも今回は音楽が兵器になる。

それが決戦弾頭シルバーボックスである。

リズムは鼓動であり、地表を覆うスカブコーラルは生きている。音楽兵器が鼓動と同期する、まさにおしゃれ兵器であった。あの食虫植物みたいな醜悪な見た目も、パーティーみたいなレーザーも、エウレカセブンって感じで懐かしかった。

個人的には、英雄・アドロックが時空の向こう側を覗き見た時、「レントンにも見せてやりたかった」と囁いて五歳のレントンが映るのがとても泣けた。アドロックは人類を救いたかったけれど、それはそこにレントンが(家族が)いたからで、結局は家族を救いたかったのだなと思うし、そのレントンが見上げる空からいくつもの「天使の梯子」が降りているのがまあ象徴的に美しくて泣けた。レントンは祝福された子どもなのだ。

 

 こういうののこと。

 

・曲が素晴らしい

尾崎豊の息子である尾崎裕哉に、英雄・アドロックの息子であるレントンの物語の曲を任せるって、サイコーにわかりやすくてエモい。

どうやったってレントンが行く道と尾崎裕哉の歌う歌がリンクするし、もちろん主題歌であるわけだから当たり前なんだけれど、それがとてもわかりやすいと思う。

今回の映画は、テレビシリーズで言う「モーニング・グローリー」の手前までを描いている。見たことない人にわかりやすく言うなら、主人公・レントンと、ヒロイン・エウレカの気持ちがしっかり寄り添う重要な話だ。その手前までのテレビシリーズを再編集しているから、約半分を使って描いて来たレントンが子供(ガキンチョ)であること、戦うということ、大人になるということをザーーーーーっと吹っ飛ばして、気づくところだけを描いている。レントン父親の「英雄的行為」によって置いていかれた子供であるから、たぶん「英雄的行為」をバカバカしく思うところがあって、でも少年らしい綺麗事で生きててという思春期感とそれが相反してて、思春期っていうのはそういう相反した気持ちのせめぎ合いだと思う。

今回レントンはずっとせめぎ合ってるからこの曲がぴったり。

そしてこちらは死ぬほどおしゃれ。

 

・全体的に

言いたいことはよくわかる! よくわかるが私は泣いたのでどうこう批判する勇気がない。でもテレビシリーズ未見の人に勧めることもしない。

二十何話かけてゆっくり学び、恋をし、人と戦うということを乗り越えて行くレントンの姿がモーニング・グローリーで非常にグローリーだったわけであるから、それを二時間で吹っ飛ばして描くわけだし、アクセルはいないし、辻褄が合わない部分はやはり仕方がないと思う。けれどビームス夫妻はとても良かったし、ヴォダラクの少女の話をしたのはすごく良かったと思うのだ。

それに、14そこらの子が順序良く説明出来るはずがないのだから、ああやって時間が前後することもあるだろうし、あくまで語り手がレントンであると思うと、なんか許せる気がしない? 私だけ?

だから割と、テレビシリーズダイジェストみたいな印象だったんだよな。

最後のレントンの髪、なんか伸びてて後半のレントンみたいに見えたのも大きいのかもしれない。レントンは成長したんだ、と漠然と感じることが出来て。

 

・つづく!

エウレカレントンの「つづく!」が聞けただけでももはやお金払った意味があった。

あとスクールアイドルみたいなアネモネどうした?

次は2018年ということで、先は長いな。

 

冒頭を書いてから放置していたので公開が遅れた。

エウレカセブン、みんな興味持ってね!