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映画『ANEMONE / 交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』感想

最高だった。


映画 『ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』 本予告60秒

前回

まず「テレビシリーズ原理主義者」としての自覚の話

私、今まで見たアニメ*1の中でエウレカセブンが一番好きなんですけど、まあつまりは『交響詩篇エウレカセブン』を原典とするテレビシリーズ原理主義者なわけで、公開当時「テレビシリーズ原理主義者はどう思うのか」みたいな一言の感想に対してビビって劇場に行けなかった。

テレビシリーズ原理主義者とか言ってないで観ておけばよかった〜〜〜〜マジで〜〜〜〜!

まあ私、テレビシリーズが好きすぎるから冷静さを欠いて、基本的には肯定することしか多分出来ないのだと思う。

もちろんシリーズを見てきた人が楽しむための映画だとは思うんだけど、単純に話が面白いと思う。アネモネという女の子が世界を救うための糸口をつかむ物語で、悲哀も、未来への希望もちゃんとある。まあなんていうか、やっぱり全然初見の人に勧められる感じはないのだけど、でも結構面白く見れるんじゃないかなと思う。勧めないけど、何言ってるのかわからないと思うし。

パチンコはすみませんちょっと……。

懐かしさに泣けてきますね


FLOW - Days

 

 

風花(アネモネ)が素晴らしく主人公

普通の等身大の女の子としてのアネモネが魅力的だった。メンタルに難ありだったテレビシリーズのアネモネと違って、お父さんにちゃんと愛されてた記憶のあるアネモネは精神が安定している。

子どもが子どもらしく描かれているのがこのシリーズの良いところで、この風花にもやっぱり感情を抑えきれないところとかあるのがリアルな質感があっていい。

彼女がお父さんが死ぬ間際の記憶を「エウレカセブン」の中で見る時、あまりに良いからめちゃくちゃ泣いた。

 

ドミニクが素晴らしくナイト

カッコ良すぎません?

何度ダイブしても「待っていたよ、アネモネ」と現れるハンサム。単純に最高な要素しかない。

いついかなる時もドミニクはアネモネを助けようとするし、それは状況も状態も関係ないという事実に感動する。

 

「play back」と「play forward」の意味

すべての「エウレカセブン」から派生した物語が、エウレカの「夢*2」であったということが明かされる今作。エウレカが見た夢をアネモネ追体験するなかで「play back」とハイエボリューション1で繰り返し観客が観た理由がわかるというのが気持ちよかった。結局はあらゆるレントンエウレカの物語のそのすべてが、エウレカにとっての最良の結果を生み出せなかったのだ。

ちなみにこれについて私は、

それに、14そこらの子が順序良く説明出来るはずがないのだから、ああやって時間が前後することもあるだろう

と言っていて、まあなんとなく当たらずも遠からずってこと(自分に甘い)かなと思ってます。

結局のところ、エウレカが他のみなの意思を無視し、巻き戻してはやり直し、巻き戻しては変えてやり直しを続けるなかで、レントンの回想を挟んでたということになるのかもしれない。

 

序盤に出てきたことが後半に効いて来るストーリー

オタク好きなやつじゃん。

こういうところが映画としてすごくいいと思うところで、スッキリ収束して気持ち良くなる。過剰なネタバレになるから内容についてはあまり書くべきでないと思うので、わざわざ項とすべきではないのだ。けども、私はそういう気持ちよさが大好きで、それを味わいたいがために『ズートピア』を観るような人間なので、私のように「一度出てきたものがもう一度意味を持つ」ことに快感を覚える人のために、一応わかりやすくあるよ、と書き残しておく。

 

レントンが世界の王様

レントンこそが世界の王様*3なんですわ。神に近しいエウレカにここまでさせるレントンこそが世界の王様で、エウレカの王子様なんだよ……と思った。

エウレカセブン」はレントンエウレカの物語で、どちらか片一方ではエンドマークはつかないのだ。

レントンの顔見てまた泣いた。

 

私の理解が足りないところ

スカブコーラルというのはその中に大量の情報をため込んでいて、今までいた人、いなくなってしまった人、そういう人たちの情報があり、別時空をつなぐ役割を果たしていたことが今までも描写されていたと思う。多分だけど。だからスカブコーラル=コーラリアン=人型コーラリアンであるエウレカが見たいくつもの夢の中で人間が生き、世界として形成されるというのはなんとなくわかる。ゲッコーステイトのメンバーがいたことも。アクペリエンスがスカブを介した感応の意味で、それはテレビシリーズからそうだった。

じゃあエウレカがいた現実っていうのはどこのことなのということになって、風花であるアネモネの生きている東京がエウレカの現実だったのかと言われるとしっくりこない。『ANEMONE』の中でエウレカの分岐はスカブコーラルに帰ろうとしたタイミング「アクペリエンス2」くらいのタイミングにあたるのだろうか。そこから分岐してパラレルワールドがいくつも生まれてしまったなら、この「東京」もその一つなの?

シルバーボックスがエウレカと触れた時、つまるところそれはサマーオブラブだけど、あのサマーオブラブがエウレカにとって実際にあった出来事で、デューイがエウレカセブンから排出された存在ということを併せて考えるとやっぱりもうデューイの言う通りエウレカのテレビシリーズの世界はもうないんだろうか。

*1:その他だと『つり球』『ガンダム00』など

*2:おそらくは、二重の意味で。

*3:コミックスで言ってたよね。