夜明けの星を待ってる

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舞台『刀剣乱舞』天伝 蒼空の兵 -大坂冬の陣- 感想

Kステの亡霊なので一公演だけでも観れてよかった。

刀ステはいつぶりかというと、悲伝ぶりである。シフトの関係で小田原*1を逃しているので、悲伝まで通算五作分程度しか観てないのだと思うと、知らない話が増えているな……とは感じる。

さて、そんな程度のシリーズの履修だったが、ジョ伝を観ていたことが弥助の存在、来た時間の異なる刀剣男士が同じ時間軸にいるということを受け入れる一助ではあったかなと思う。三日月のことは悲伝だろうし、刀ステ独自のいろいろな設定が生まれて当たり前になってるんだなと思った。この辺りの複雑なことは私には解説できない。ひよっこなので。

 

山姥切国広と加州清光が、あの本丸ではどうやら随分古くからあって一緒に盛り立てて来たということが、Kステの亡霊なので熱い。このキャラクターの関係性、山姥切のことを羨みながらも心配する清光と、それを聞かされて受け入れる山姥切の成熟したやりとり。私は二人を見に豊洲*2まで行ったので、二人がバディのように活躍し、背中を合わせ戦い、時には庇う第一部でかなりの満足度であった。二人にまつわるなにもかもが──演出もセリフも、どちらも初期刀であるということも含めて──まるで二人そのものを暗示しているのだと勝手に思い込んで涙ぐんでいる。

なぜこの豊臣にまつわる刀たちの中に加州清光があるのかということも良かった。初期刀であるこということだけではない、ここで死なない家康公の作った世の向こうに、沖田総司の戦場がある。これを加州清光の口から告げることがよかった。

そんな中、私みたいなひよっこの観客*3でも感じるのが、古くから刀ステに出ているキャラクターの描かれ方が、成長したものになっているということだった。隊長として悩むこともなく、合理的かつサクサクと物事を決断していく山姥切と、必要なところで的確なフォローを入れながら優秀な副官らしさを漂わせる宗三である。

大人になっちゃってまあ。ということと、勝手にシリーズが積み重ねて来た歴史を思う。

ずっと山姥切と清光の話をしているけど、頭の中もうずっと山姥切と清光だったんだよね。落ち着いて随分と余裕のある山姥切のお芝居も良かったし、それが弥助と対峙して悲嘆ではなく宣言として声を張り上げること、すでに結論が出ていることを淡々と告げるような一本筋の通った声色がとても良かった。清光のあのしなをつくる可愛い仕草から、ブチ切れた戦闘狂のように叫び、走り回る姿に目が離せない。二人がバディの作品をもっと見せてくれ……。

 

なんというか本作、今後の伏線やこれまで出て来たものを活用しながらも、夏の陣を控えて歴史上の登場人物の死に際ばかり描くことが不可能だからか、非常に「人間関係の複雑さ」と「それに伴う自意識のあり方」──つまり人間の感情、エモーショナルさにかなり振り切った印象を受ける。秀頼様にまつわる父子関係や、真田家の父子関係、本丸の仲間と審神者の主従関係*4や、刀たちの擬似的な兄弟関係といったところでそう感じる。なんというか、誰一人として直接子を成したわけではなく、母というワンクッション挟んでの父子関係で、ようは意識と文章でしか規定されない関係という、あれである。

自分が刀であること、来歴と由来やまつわる逸話、つまり文章でもって一期一振が己を規定していることと、そういうあり方に秀頼様が自分の救いを見出すところなどはとても爽やかで、かつ熱量を込めて演じられる姿に目頭が熱くなるものがあった。

末満さんが関西の方だし、全ては織田信長に帰結するのだとしたらもう機会はないかもしれないが、徳川秀忠にもそういう悲哀はあるはずだ。いつか書いて欲しい。関東出身の観客より。まあ秀忠様の間に合わなさ(物理的に)は舞台向きではないとも思うので「江〜姫たちの戦国〜*5を見てください。

同じく間に合わなかった(時代的に)伊達政宗様のことを思い出して観ていた。生まれる時代さえもっと早ければ、戦国乱世でもっと名を上げれたかもしれないと義伝で描かれたわけであるが、見事に間に合っていなかった。だとすれば籠城だろうが、老ぼれだろうが、戦場に間に合っていることの幸福に対して私も同意できる。私は死ぬべき時のために生きたり、死に場所のために戦ったりする野蛮な話が好きである。大阪冬の陣・夏の陣は間違いなく戦国最後の戦で、西南戦争が最後の内紛なのと同じだ。あの場で死ななければ、戦場での死は望めないという時代の区切り。そういう最後にかける心情を描くという点でとても好みだった。

 

というわけで、ストーリーなどについては楽しんでいたことが伝わったかなと思う。

あとは会場まわり、それに伴う演出周りについて書き残しておきたい。

ステアラは初めて行ったのだけど、たしかに長く使われることを前提としては作られていないのだなという建物だった。ありし日のブルーシアターやAiiAのことを思い出すつくりである。

全面舞台ということに関しては、大きなセットをいくつも組めるという点では絵的に派手であるし、そもそも全面スクリーンなので終始ずっと派手なので、舞台というかショーを観ているような気分がする。フィルハーマジック*6みたいだなと思った。

確かにまあ、楽しいと言えば楽しい。

だがなんというか、舞台として想像を働かせる余地のなさは感じた。全てだ、出てくる全てが舞台の上とスクリーンで説明されてしまう。私たちはそれを見せられ全てを受動的にうけとめるばかりであり、こちらから能動的な理解はいっさい必要とされてない。

これは好みの問題だ。ストーリーが好きで、こういった派手な演出に対して感嘆できる観客は確実にいる。私だってこれが新しい観劇であり、その画期的さは理解している。その派手さ、美しさにはたしかに息を呑んだ。回転する座席に合わせて展開する殺陣の疾走感、ラストの多発する戦闘シーンの壮大さ。だが、このショーのような、アトラクションのようなことに対して、私自身は舞台として能動的に確かめに行く楽しさを一つ失ったように思った。

たしかに面白い、が、たまに見るから良い。そういうこと。

あとはもう、観てる間ずっと怪我するんじゃないかとヒヤヒヤした。どうか夏の陣も含め、怪我をしないでね。

*1:これに関しては一生ネチネチ文句言うと思う。

*2:当日、取り返しのつかないレベルの寝坊をしたが、なんとかなった。

*3:なにせ虚伝、虚伝再演、義伝、ジョ伝、悲伝しか観てないので

*4:これも擬似的には父子関係かなとは思うが。

*5:大河ドラマ。超時空少女マンガ大河である。

*6:東京ディズニーランド