夜明けの星を待ってる

私のMBTIはINFP-Tです/感想ブログ

感想『ヘレディタリー/継承』『16年雪組「るろうに剣心」』『ウィッカーマン』『エクソシスト』『王の男』

ヘレディタリー/継承

観終わった後さすがに具合悪くなる映画。ホラーは、特に洋物の悪魔が襲いかかって来る系のホラーは基本的に大丈夫だし、ある程度のゴア描写も問題なく視聴できるタイプではあるが、それ以前に出て来る人間が嫌すぎる。「出て来る人間が嫌度」で言ったら私は『ミッドサマー』より『ヘレディタリー』の方がつらい。

アリ・アスターがその思考において、投影したい家族というものや描きたい宗教の存在にどんな感情を向けているのかはわからないけど、内容があまりにもアレなので変に想像してしまうのもちょっと嫌で、映画としてはそれも良い。

あと、アリ・アスターはびっくりさせて怖がらせるよりも、ずっと嫌な気持ちにさせておいて盛り上がるタイミングでさらに嫌な気持ちにさせてくれるので、そういうところも良いと思う。これが売れているのだから世界のスタンダードがそういうスタンスになることを願う。

 

16年雪組るろうに剣心

はっきり言って面白いとは思わなかった。知らないるろ剣から始まり、知ってるっぽいるろ剣、知ってるるろ剣、だんだん逸脱していくるろ剣、もはやるろ剣なのかこれは……と、観ている最中に何度も戸惑った。「実写化、2.5次元化は原作通りが正解となる雰囲気」がある一方、尺の都合などからオリジナルの要素と展開が発生することは十分理解しているけども、宝塚の場合はそこに一定数の演者の魅力ある役どころと原動力としてのロマンスを確保する必要性が出てきてさらに複雑になるのだろうかと思った。

色々言いたいところはあるが原作の記憶が皆無(あまりに幼少の頃に父の影響もあって通ったはず)なので控えるが、とにかく最後の方の「蜘蛛の巣を吸わせて外野を大人しくさせておけ」「大活躍させて恩赦の大義名分を作っとけ」みたいな展開は流石にどうなんだ。

全体的にビジュアルは良いと思う。曲は最後の剣心と薫のデュエットはよかった。やたら望海さんが歌い上げていて笑った。あとはこうして宝塚と映画でガトリングガンをこすったからこそ、武田観柳が面白悪役になったのだと思うとそれはまた面白かった。

 

ウィッカーマン

『ミッドサマー』を観ておいてこれを観ないのもな、と思ったので勉強のために観た。

奇祭がキモいというところはあるが、基本的にグロはないし心霊現象の類もないのでそこは安心して見れる。ハウイー巡査部長が真面目に捜査をする中で結構な頻度で島民に対して国家権力を振りかざして聞き取りを行なって事実を知っていく(誤認していく)のだけど、結局生贄はハウイー自身である。一歩島に上陸したところから既にハウイーが国家権力として執行できる状態ではないと島民全員が知っているはずなのでとんだ愚者だし、そもそもずっと力に頼り続けてるところが面白い。意外とパワータイプである。

自分自身キリスト教徒でないので、敬虔なキリスト教徒であるハウイーが異教徒だとか冒涜だとか言うのはちょっと苦手だった。もちろんこのサマーアイル島の人たちが本当にヤバイことをしているので、信教の自由の名の下で権利が阻害されるべきではないのだけど、確固たる宗教を持たない身としてはちょっと居た堪れない。

 

エクソシスト

絶対観たことあると思うんだけど何も覚えてない映画だったので観た。

割と淡々とした作品で、序盤からカラス神父の母周りがちょっとごたついているとか、悪魔に取り憑かれることになる少女リーガンの父母はなんだかうまくいっていない雰囲気を醸し出しながらじわじわ二人とも精神面で問題を抱えているのがわかる。悪魔との戦いは後半から始まるのだけど、それに行き着く前の脳の検査シーンを淡々と、それでいてしっかり撮っているのだが、それが気持ち悪い。

悪魔に取り憑かれてからは淡々としたキモさというよりビジュアルをキモくするという方向なので、どちらかといえば緑のネバネバに対しての生理的な嫌悪感という感じである。

というわけで、怖さというよりはキモさを感じたのだけど、ラストシーンのカラス神父の懺悔や、階段を見下ろすダイアー神父が切ないので、最終的にはやるせなさが残る映画だった。

 

王の男

U-NEXTにあったのはディレクターズカット版らしいけどどこがカットの対象だったのか全然わからなかった。

コンギルが美しいことはコンギルの所為ではないのだが、コンギルが美しいが故にいらない苦労をする。いらない苦労というのは燕山君に気に入られて私室に呼ばれて以降の全てなのだけど、その燕山君がかなり子どもっぽく、もちろんコンギルに対してそういうことを求めたのかもしれないがどちらかと言えばチャンセンとコンギルの同性愛的要素の方が強いようだ。

とにかく燕山君がコンギルに母の面影を見出したり、遊ぼう・遊びに混ぜろと強請るところ、大臣たちに質問をするところなど髭面ながら幼く見え、かなり精神的に問題があるという描き方だと思った。この映画の燕山君が怖いのは強権的で先制的であることと、その無垢な子どものような仕草をコロコロと入れ替え精神的に不安定だからだと思う。

燕山君がおもざしに何を探してるのかとか、コンギルも燕山君に対して心を寄せてしまうこととか、チャンセンやノクスがそれに対してどう思っているのかなど、なにか説明がたくさんあるわけではないが描写としてちゃんと理解させていくあたり、上手いと思った。

コンギルの美しさは言うまでもなく、衣装やロケーションも美しい。その場その場を生きるために芸をする刹那的な芸人たちと、刹那的な快楽の中でしか母恋しい自分でいられない王の、とても切ない映画だと感じた。