変な家
正直に言うと雨穴作品はあまりに現実感が無く都合が良すぎる作りなのに、視聴者がどの程度予測するかに任せることなくめちゃくちゃ説明するので好きではない*1のだが、この映画がそういうところを良い感じに直そうという気持ちがなく、パッションで映像としてる感じがあるのは良かった。だが、話がポンポンと飛躍するので本当に見づらいし、全然どういう繋がりでこういう展開になってるのか理解できてないし、謎理論と謎儀式でなんか怖くなって来ましたよね?という作りなので別に怖くないのだけど。老婆にチェンソー持たせたら楽しいよなみたいなまるで意味ないシーンなんだったんだ……。
メンタルと体調の良くなさそうな幸薄い川栄李奈さんの造形が良かったことと、バディ関係になるのが文化系の若い男性とそれよりさらに文化系のおじさんというのも良かった。二人とも全然体力的には頼りにならないので、頑張って生き延びてねという気持ちになる。
ただこのあと収束させることができない進展を仄めかすラストシーンを用意するのはどうなんですかね。
スパイダーマン:スパイダーバース
反発する実父、理解者の叔父、憧れのヒーロー、師たるヒーロー……という様々な形でのマイルス少年への父の系譜としての英雄性の継承とその受容という、シンプルかつ快活な話の展開が最高だった。仮面ライダーに毎年メロの人間に対してこれ以上ないものです。
ということでもう映像のことなんぞどうでもいい。どうでもいいは言い過ぎたが、みんなが褒めて最高の表現だと言っているようなコミックそのままの映像やおしゃれな演出などはそりゃあそうでしょうという感じで、僕としてはそこよりも「ヒーローであることを継承し受容する」というストーリーそのものがやはり最高だと思う。ヒーローってなりたくてなるものであることは少なくて、偶然にも手に入れた力に対して受け入れて責任としてそれを表すところがすごく孤独で、そして自己犠牲的だと思う。それに対して安易に「ヒーローとしてのマイルス」に一般の理解者を用意するのではなく、マルチバースで同じ立場の人たちが繋がり合うことで「一人ではない」ということを示したのがすごく「ヒーローが一人でその力を手に入れてしまったこと」を尊重していて好きだった。またこれは平成の仮面ライダーを好きな人の見方として、現れるスパイダーマンの多様さは、観客に対してあらゆる全てのメディアミックスがヒーローであり、あなたが信じる限りそれが揺らぐことはないということを表現するように思えた。全編通して、描き方もテーマもすごく爽快な作品だったと思う。
マーベル作品とかまったく馴染みがなく、すごく前に一度だけスパイダーマンの映画を見たことがあるだけなのでマーベル的な小ネタはわからなかったけど、無駄になるやり取りやモチーフがなくて、マイルスの成長や中年ピーターの再起などが映画的にとてもわかりやすくて見やすかった。
*1:梨派です。