夜明けの星を待ってる

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舞台『SPECTER』2019年度版感想

流石にわたしもちょっと繭期なのでね、流石にわかってきましたよ。ええ。

ロダンが「私の曽祖母がこの村の創始者」って話始めたところでわかりましたよ。メリーベルの顔(?)がね、浮かんで来たんですよ。

赤い森のセットも衣装もいいよね。赤い葉は「この村、燃えるな」と感じさせるし、赤い衣装は「この村、血塗られてるな」と予想できるし。

結局、平穏なネブラ村にやってくることのなかったクラウスは、アレンの血筋とニアミスするだけで出会えなかった。ここで会ってれば三千年くらいソフィが一人で悶々もすることもなかったかもしれないと思う*1とつらい。クラウスが永遠に枯れない花を欲したのも、気休めなんだろうな。もしくは自力で与えなくても勝手に永遠になってくれればいいのにみたいなそういう投げやりな取り組みな感じ。

臥萬里という一人の存在から継承されるもの、出自と名称の継承と展開の反復という、非常にこれまでのシリーズを観た人向けの作品だなと思った。私はついこの間繭期になったばかりなので、TRUMPとLILIUM観れていなければSPECTERを楽しむことが出来なかったろうなと思う。

 

私はソフィの信奉者なのですぐソフィの因果とクラウスに飛びついてしまうけど、やはり何より萬里という名前の個人の物語について感想を残すべきなんだろう。

私はTRUMPで萬里について何か感想を残すのを避けたけど、ダンピールの中で育ち、恩人の意思を継いだノームにとっては紛れもない旅立ちの物語であれだけ人が死んでいながら最後は爽やかだったなと感じる。

萬里(初代の方)の豪快さ無神経さは彼自身を守る盾であり、同時に彼の主人公っぽさだった。そういう豪快な人が、復讐ではなく誰かを守るために一生懸命に泥臭くなる様はどうにもかっこいいよね。背中を見てノームが少し強くなるのもいい。家族を目の前でヴァンプに殺されたこと、きっとそれだけでもハンターになるには十分だが、ノームは多分、萬里の「誰も死なせない」という意思もちゃんと継ぐんだということがわかっていい。

TRUMPで臥萬里なにしてたかなって探したら死んでた。辛い。

ソフィにちょっかい出してたから、今TRUMP見直した泣いちゃう気がする。

 

あと、シャドがもう可哀想すぎて。シャドはあんなにもローザに尽くしたのに、ローザは「お前でいいや」程度にしかシャドのことを思ってなかったっていうのが。ローザはヒューゴに指摘された「カルロが良心の欠片」というのを否定してはいたけど、どちらかと言えば恋だったんでしょうねと思う。シャドがローザに、ローザがカルロに、カルロはハリエットに、ハリエットはクラナッハに、クラナッハは永遠に枯れない花にと言った具合に、誰もが報われない想いを寄せてた。

クラナッハも、変な人だなと思う。ハリエットのことは終始どうでも良さそうでありながら、子どもを作っている。完全にハリエットに押し負けているのが想像できるが、そのハリエットが死に子どもが生まれてから、子どもを抱えて守ろうとする急なその精神的成長。それが愛情なのかそれとも己のなしえなかったことを子に継がせることに光明*2を見出したのか。

シェドに代表される男から女へ、女から男への愛情の話と、クラナッハからソフィへ、先代村長からローザへ、臥萬里からノーム*3へというような親から子への想いの話なのだな、SPECTERは。

石舟が何度も報告を読み上げるのも意味深だった。カーテンコールの仮面の演出も、多分死亡者なんでしょう? なんかありますよね*4

 

繰り返すが私はソフィの信奉者である。

ソフィが母に愛されて生まれ、名無しの叔父から尊敬する者の名を与えられ、父が振り下ろされる剣から庇って生きながらえた命だと。大事にされて然るべき存在なんだと誰か教えてあげてください……。

*1:クラウスがソフィを引き取り、育てたら、いずれ来たる永遠もそういうものだと受け入れられたでしょう?

*2:ソフィは知らないはずなのに花園を生み出したし、ローザは父が望まずとも同じ教義にすがった。これが因果ですね。

*3:名付け親から弟子へ、という意味だったが、臥萬里にリリーという大切な人がいたなら子がいてもおかしくなく、それがノームでもあり得る気がして怖いな。

*4:これから沢山感想とか考察とか探します。