夜明けの星を待ってる

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感想『三十郎大活劇』『チャイルド・プレイ』『パラノーマル・アクティビティ』『死霊館 エンフィールド事件』『仄暗い水の底から』

三十郎大活劇

 
 
 
 
 
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A post shared by soyo (@aoionon)

楽しい作品ではあるが、2022年にこの脚本をもう一度舞台にする理由がよく分からなかった。

描きたいこと(映画にかける業界人たる男のロマン、なりふり構わない愚かとも取れる情熱、生きてこその芸術)はあるのだと思う。だが全てが今、このタイミングで裏目に出ていると思う。映画界のハラスメントが問題となり、戦争が始まり終結していない中で、大声で怒鳴りあう男社会やいびられる新入り、豪遊しファンに手をつけながら映画を撮り、戦場ではかつて見た事ない迫力としてカメラを回す。全部が懐古趣味的に感じた。

ただこれはタイミングの問題もあって、この舞台作品の上演が決まった段階では告発も戦争も起こるとは考えてなかったと思う。ただ単純に、コロナ禍において観劇の機会を奪われていたあの頃であれば、私は「どのような状況でも映画を求める夢想家たちの舞台」として観ていたと思う。

三十郎が銀幕に生きることを決める場面で大見得切って述べるセリフは戦争やそれを良しとする層へ毒づくものだし、「龍之介」という役がそもそもそういった権力階層の人間の思想に対して中指突き立てるようなものなのだから、痛快なんだと思う。

個人的には「どのような状態にあっても映画を追い求めてしまう映画人の業」というのをもっと描いて欲しかった。二幕で戦意高揚のための映画を実際の戦場で撮影することになるが、その迫力にカメラを回さなくちゃとなる一方、そこで死ぬ人間については触れ(一応三十郎が去る背中と共に銃弾に晒される軍人が描かれてはいるが、言及はない)られない。「人を殺したくない」と逃亡兵になってなお「撮影の現場にいたかった」と感じるのは映画に対する狂気に他ならないが、一方で召集令状に反し脱走することによって自らの家族や知り合いが被るであろう影響には考えが及ばす「逃亡」を肯定する。逃げるなとは言わない、国の我儘に付き合う必要はないと思う。それでも結局のところ、「映画を追い求める映画人の業」に「何かが犠牲になる」という事実が存在していないように感じる。

岡村助監督は最後三十郎と共に映画の世界に生きることになるが、唐突でなぜそういう方法になるのかよくわからなかった。

それはそれとして、楽しい人であるガンさんに赤紙が来てみんながそれに慄くところはとても印象的で、ショッキングでもあり良かった。「紅三十郎」という役者が巻き込まれた時代の、彼の栄枯盛衰を描くところも良かった。無声時代のスターたる阪東春之介の去り際はつらく、切ないものがあり非常に良かったと思う。

舞台がかなり広く奥行きがとられていて、真ん中をスクリーンで区切って使うのはいいなと思った。かなりの広さとなるため実際に自転車で走ったりできるし、スクリーンの向こうが映画の世界、こちらがそうでない世界として分かれているのも良かった。三十郎はスクリーンを破るようにさっと現れて、落ちぶれてなおスクリーンに縋って、最後にはスクリーンの向こう側でのみ華々しく生きていくことを選ぶ。この演出は格好良かったと思う。

全員での歌唱シーンが何度か出てくるが、これはなくても良いなと思ったけども、大切なパートは全部入野自由くんか新良エツ子さんなのは良かった。

役者さんはみなさんとてもお上手な方ばかりなのだけど、お一人どうも棒読み、立ち姿も微妙、姿勢も良くないという方がいて、その方だけがあまりに悪目立ちしていてどうにかならなかったのかと思った。どうやら初舞台だったようなのだけど、それならそれでもっとどうにかしてあげられたんじゃないかと思う。

個人的には横山由依さんの張りのある可愛らしい声が高らかに響くのがヒロインとしてとっても魅力的だったと思う。着物もよくお似合いですごく好きだった。

自由くんの話をするが、準主役のため出番はちゃんと多い。生き生きと映画の現場で仕事をするさまは青春そのものという感じだったし、時代が進むとだんだんくさくさしていくが、三十郎と話すときだけあの頃のような輝きを取り戻すのも可愛かった。

 

チャイルド・プレイ

みんなご存知チャッキーが出て来る映画である。

「人形が動く」ということをどんなに説明してもわかってもらえないので、誰も信じてくれない悲しさに打ちひしがれつつ、しっかり動いて殺意をあらわにしてくるチャッキーに常に憎らしさを覚え続ける映画だった。

ちゃんと普通に怖いというか、こちら(大人)が意図していないものが動いて襲ってくると対処のしようがない、みたいな恐怖がある。最後まで割と楽しく観れる。

一応チャッキーが人形に魂を移すことに対して「ブードゥー教の秘術」という説明があるが、なんかそういう風に扱われがちですよね、と思った。

なんで今更『チャイルド・プレイ』なのかというと、Qが去年のハロウィンで公式にリアクションしてもらっていたからなのだけど、

ジブリもリアクションしてくれてますが、

千と千尋の神隠し』は五万回観たので観ません。

 

パラノーマル・アクティビティ

我等は 姿無き故に それを畏れ

 ──久保帯人BLEACH(1)』集英社,2002

最後にちょっと活動的になる以外はほぼ姿が見えないところが良い。

何か大事件が起こるとか大きい現象が起こるとかもなく、淡々と起きる怪現象にケイティが追い詰められていくのが可哀想な映画なんだけど、監督の家で全編撮影ということは別に誰の家でも良かったわけで、怪異も別に誰の家で起こしても良いと思うと、想像力の豊かさによって勝手に嫌な気分になる感じが割と好き。

ミカが専門家を「オカルト」と呼ぶわりに、自分での撮影と解決にこだわりを見せてるのは一貫性がないし、随所低予算を感じるが、低予算だからこその味わい深さがあり、個人的には結構好きな部類だった。

 

死霊館 エンフィールド事件

前作よりさらにアグレッシブな霊(ビル)と悪魔(ヴァラク)で、もはやホラーというかアクションの要素の方が強いレベルなのだけど、相手が誰であっても、子供でも母親でも警察官でも専門家でも報道陣でもしっかり存在を主張してくるところが良く、懐疑派の専門家もいるものの比較的見限るくだりがさらりとしていて対悪魔戦になるのが良かった。「絶対にウォーレン夫妻が勝つ」とわかっていても結構応援してしまうというか、ヒーローを応援しながら見てる気分に若干なる。個人的にはウォーレン夫妻が愛し合い信頼し合い、お互いを必要としてる感じがいいなと思います。

あと『事故物件 怖い間取り』はこういうことがしたくて作った映画なのかな、とたびたび襲いかかるシスターを見て思った。

 

仄暗い水の底から

後味悪い……お母さんが娘を愛しているから守るために要求に応えた以上に、お母さんがあのままあそこに残って怪異の中に取り残されてるのが辛い。

何かに取り憑いて襲ってくるとか、霊が襲ってくるにしてもラストだけなので気味の悪さ、湿度の高さ、人間関係の冷たさが辛く、黒木瞳がそれに追い詰められていくお芝居がとても良かった。綺麗で線が細く、すごく可哀想に見える。

高校生になった郁子がお母さんと束の間の再会をするのは良いと思うのだけど、最後の一言とテーマソングがあんまり要らないと思う。