夜明けの星を待ってる

マイペースに生きている

ファイナルステージの感想

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さる2018年10月13日、14日。中野サンプラザにて仮面ライダービルド ファイナルステージ&キャストトークショーが開催された。

ファイナルステージ(つまるところ、ヒーローショー)の脚本はシリーズ一貫して脚本を書いておられた武藤将吾さん。

演出は毛利亘宏さんが担当しておられた。

キャストトークショーは毎回話す内容も違うし、全てを書き残すことは不可能だと思う。なので今回は全く触れず、正統なるビルドの物語としてのファイナルステージについて述べようと思う。

 

 

ストーリーの感想

これがVシネに繋がっていくんだろうな。

白いパネルの再登場はそういうことかなと思っているけれども、まあ私は察する能力の低さに一家言あるのでもう何も言うまいと思う。

エボルトという最悪の敵に向かって行くと、本編でもそうだったようにシリアスになってしまうけれど、龍我や一海のお調子者キャラや、内海の刺々しさの奥や、幻徳の一発芸や、戦兎くんと龍我の漫才がそのシリアスを緩和させてくれていてめちゃくちゃ楽しかった。

というか、「仮面ライダービルドの物語を観ている」という事実だけで死ぬほど楽しかった。

 

舞台として

他のヒーローショーを知らないので(飛天イベを除いて)こんな風に言ってしまっていいのかわからないが、とても舞台的だったように思った。『舞台 仮面ライダービルド』、多分こんな感じ。

というか、というかだけど、多分私の言ってる舞台的っていうのは、ニンニンコミックやクローズビルドの、客席側からステージの中心への技であったり、移動するスクリーンに投影される映像であったり。わたしのような人間すなわち2.5次元若手俳優厨だった人間にとって見慣れた演出──それが毛利さんが手がける演出ということなんだと思う。

思えば、キュウレンジャーのメインシナリオライターが毛利さんでなければ、私はニチアサを見ることもなく、ビルドを見ることもなかったのだ。

そう思うと、毛利さんで始まった私のニチアサの、一番大切な区切りが毛利さんなのは、なんだかとても嬉しい。

 

特別

ビルドを好きになってから、私はいくつかのライダーを観ている。

ビルドの最終回を観た時、手を伸ばして届かなかった映司くんがオーバーラップして、それでも戦兎くんには龍我が迎えに来てくれたということでめちゃくちゃに泣いた。だがファイナルステージを観ると、戦兎くんが最後に伸ばした手はちゃんと龍我に届いてたということがわかってまず一回泣いた。手が届かない、間に合わない、そういうシーンが多く描かれて来た中で戦兎くんがちゃんと相棒の手を取れたのだという安心感で涙が出た。龍我ヒロインかよと(引き続き)思わないでもないが、手分けしてハザードスマッシュを倒していくさまは、当たり前だがやっぱり相棒だった。

もしも美空ちゃんが乙女ゲームの主人公なら、戦兎くんと美空ちゃんは新世界の狭間に取り残されたっておかしくなかったんだろうと思う。鎧武がそうであるように、主人公とヒロインが特別であってもおかしくなかったのに。もしも紗羽さんが転生モノのヒロインなら、そのまま聖家族と化してもおかしくはなかったのに。そうならないのは、戦兎くんが “ みんなの明日を創る ” ヒーローだからなんだ、ということと、龍我という相棒の存在なんだと思う。

 

「薄っぺらい関係じゃねえんだよ」

周と三栖さんはサクラではない。サクラではない二人はけれど「薄っぺらい関係」ではなく、じゃあメサイアとしての役割を背負っていたかというと、そうでもない。

メサイア極夜の感想の話 - 夜明けの星を待ってる

正直この台詞を聞いた時「これ極夜で聞いた」と気づき、持病のメサイアが発作を起こして大変な目にあった。

周と三栖さんはサクラではないからメサイアではなかった。戦兎くんと龍我もサクラとは無関係だからメサイアではない。だけど観ている人間──つまり、私──は「メサイア」という「システム」が大好きである。そこらじゅうで私が熱に浮かされて話しまくっていた気もするのだが、戦兎くんと龍我の関係はあまりにもメサイアに近しい別のもの──ベストマッチだった。

ビルドもクローズも愛と正義と平和のヒーローであるから、お互いだけを唯一には出来ないけれど、その中でもお互いが特別であるということがどれだけお互いを救ったのだろうという話は、私がそこらじゅうでしているような気もするし、私のようなファンがそこらじゅうでしているような気がする。

龍我は戦兎くんとの関係を「(優しさで辛いことを伝えないような)そんな薄っぺらい関係じゃねえんだよ!」と言うし、戦兎くんは「お前が一番よくわかってるはずだ」と、龍我が “ 理解している ” ことに疑問を持たないし、龍我は戦兎くんの考えを理解しているが故にそれに言い返さない。お互いがお互いにとって特別である、ということが “ 自明である ” ことが、テレビシリーズ、冬・夏映画を経て、ファイナルステージでまたこうやって描かれていることが最&高(語彙の死)だった。

前にも書いたが、「何度も同じものを選び取れること」という永遠を、私は観たい。戦兎くんが愛と平和のために戦うこと、龍我を相棒とすること、逆もまた然りなのだけどそれが観れて本当に良かった。

 

最後に

2日もあれば成仏し、美しい思い出として過去にできるかと思っていたが、実際の私は未だビルドのスペクターである。

だいたい8月に終わった番組をまだ忘れられないのに、イベント観たからって変わるわけない気もする。映画もVシネもあるのだから忘れる必要なんてないのだが、それでも生々しく思い出しながら回顧して、時にめんどくさい感情を抱くのだろうと思う。

一年間、本当に楽しかった。放送が終わった時にも思ったけれど、本当に一年間楽しかったのだ。

今はなんていうか、寂しくてどうしたらいいかわからないな。

 

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#仮面ライダービルド #ファイナルステージ #キャストトークショー 2日間、全6公演。お疲れ様でした。夢のような時間でした。