サニーサイドアップフォーチュン

映画、特撮、演劇、ダンスボーカルグループ

23年月組『応天の門 -若き日の菅原道真の事-』感想

応天の門 -若き日の菅原道真の事-

良い2.5って感じで面白かったし、動きもあり続けてスピード感も良いまとめ方だったと思う。各キャラクターのバックボーンがシーンとして、あるいは言外にでも存在しており、ただ舞台装置としてのみ存在しているキャラクターが生まれてくることの少ない印象を受けた。階級や性別によって不利益を被ることの理不尽さも描かれている。男女比も良い。

道真が全体的に若く愚直な分、照姫や在原業平の大人の都合に対して面白くなく、それを態度で隠しもしない。また言葉も比較的若年のキャラクターがサラサラと喋るの対し、大人たちが本音を隠していることを示すように芝居じみた動きをするタイミングがあるのがわかりやすくて良い。未だ若く、無邪気に唐に憧れる道真の姿が希望に満ち、素直である分、後の世で遣唐使を廃止するという事実がつらい。

ちょろちょろ走る白梅(彩みちるさん)が可愛いのでどうしても『ミュージカル薄桜鬼』で雪村千鶴を演じて欲しい気持ちになったのと、藤原基経風間柚乃さん)が持つ優秀であるが故の苦悩と野心が良かった。

基経は優秀に生まれたかったわけではない天才として、穏やかに生きたかった過去を殺して内裏の中で成り上がろうとしている。基経にとって吉祥丸は友人であり、兄であり、理想であったし、理想に対し実現のために動く道真と、とっくに理想を亡くしている基経とどう関わりあって行くのかとても観たい。

初速が大変早く、幕が開けて静かに道真と業平の邂逅を描き、「百鬼夜行」、その後「平安京」と「応天門」の説明に入る。オープニングの勢いを保ったまま大内裏の公達による歌唱を経て、清和帝の登場と繋がっていく。この速度がなかなか宝塚歌劇らしくなく感じるが、一方で良い2.5次元舞台に感じる速度と同じ印象を受けた。とにかく、宝塚歌劇の中で起きがちな停滞感やキャラクターの渋滞などが発生せずにテンポ良く進んで行く。ラストシーンの演出も格好良い2.5次元で良かった。

宝塚歌劇は見せたい人と演出が多いがゆえにどうしても停滞感があるところができやすいと思う。今回は退団者に合わせ色々な人の見せ場が組み込まれている中でも、かなりそれがフラットに作品の中にあると思う。

そんなわけで、個人的には結構評価に値すると思っているが、全体的に軽い雰囲気が漂っている節はあり、これはやはり宝塚歌劇の持つ美しさゆえかなとは思う。私は一巻だけ、それも出版された当初に読んだ程度ではあるが、『応天の門』というのは平安京の隔絶された息苦しさと、暗澹たる天災、暗躍する貴族の思惑という明度と彩度の低い作品だと思っていた。そのため死臭のない美しいままの状態はちょっと物足りないかなとは思った。あと、続きをやらないだろうに、続きを匂わせる終わり方をするのも考えようによってはとも感じる。道真の応天門への道はまだ始まったばかりであるから、彼の人生を(日本史選択なら誰もが知っている最期を)見据え終幕することに違和感はない。そもそもまだ原作が最終回を迎えていないので、「道真が自分の行く将来を決め始める」終わり方は良いとして、入内した多美子の周囲の不穏さを匂わせられたら続きを期待してしまう。

『Deep Sea』の方は群舞は総じて楽しいが、合間合間があまり好みでないなと思った。歌は上手くて大変よろしいのだけど、付帯するストーリーがそれほど響かずという感じだった。

また前述の通り今回の公演で退団をする人たちが多くいるため、それぞれみんなに見せ場がちゃんとある。今の月組のお陰で宝塚を好きになった身として、本当に寂しくて仕方がない。誰もどこにも行かないでほしいが、そういう仕組みではないのだ。